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正しい記憶
扉が閉まる音を最後に、部屋は静かになった。
俺は、記憶喪失。それも、何度も起きている。ここは……。
改めて部屋を見回すと、とてもシンプルで情報がない。
全体的に白く、ベッドは俺が使っている一つだけ。その他に物は、何もない。
「病気。治療。知ってる」
言葉は知ってる。なんとなく思い出してきた。
そうだ。女性が着てたあの白い服も……。
「白衣だ。白衣……医者。病院?」
ここは、病院だろうか。いや、でも、女性はそんなこと言ってなかった。気がする。確か、治療方法を探している、とだけ。
それに、俺の知ってる病院は、こんなに殺風景ではなかったはずだ。
俺の知ってる病院は、もっと……。
「――くん。調子どう?今日はね、ケーキ持ってきたの」
「うっ」
頭がズキズキする。なんだ、今の。俺の、記憶?
「お金の無駄って。無駄なんかじゃないよ。だって今日は特別な日でしょ?」
誰が、しゃべってる?顔がわからない。
「もしかして忘れてる?ひどいなぁ。今日は」
「けっこん、きねんび」
「思い出してくれた?だから、多少の奮発は良いの!明日からまた、節約してこ」
そうだ。俺、には、愛する人が。
頭痛に耐えながら、自分の手に視線を向ける。
左手の薬指には指輪がはまっていた。
もしかして、あの女性?いや、顔は思い出せないけど、違う人な気がする。
もっと、何か、続きを……。
「ちょっと待ってて。飲み物買ってくるから」
俺は、言われた通り、待っていて。
そしたら、病室の外がやけに騒がしくて。
俺は気になって、出て行って。
「何があったんですか」
「どうやら、精神科を受診していた人が急に暴れ出したそうで」
「その人、ナイフを持っていたそうよ」
「そうそう、ナイフを振り回して」
「近くにいた人に襲いかかったみたい」
「今は取り押さえられたみたいだけど」
「みんな聞いて!その人に女性が刺されたみたい!意識不明の重体だって!」
嫌な予感がした。そうだ。息苦しくなって、喉が異常に乾いて、俺は!!!
「はぁ、はぁ、はぁ」
思い出した。
俺はオレンジのボタンを押した。すぐに女性は現れた。
「何か思い出しましたか」
「俺の妻は!俺の妻はどこだ!」
まだ死んでない、生きている、はずだ。俺の記憶が正しければ。
「……そうですか」
「何がだ?俺の質問に答えろ」
「その前に、私のことは思い出しましたか?」
「あんたのこと」
たしか、確かそうだ。
妻は手術を終えて、一命はとりとめたものの、眠り続けていて。
絶望に堕ちている俺の前に、こいつは現れた。
「あなたにご提案があります。私どもの研究に協力していただけないでしょうか」
「研究?」
「はい。あなたはお金に困っているそうですね。あなたの治療費に加え彼女の治療費もおひとりで払うのは苦しいでしょう。ですが、研究に協力していただけるのであれば、そのどちらも私どもが負担しましょう。後で返せ、とは申しません」
「そんな都合のいい話、信じられるか」
「それほどにあなたを求めているのです。あなたはすでに絶望のどん底にいますよね。あとは上がるだけだと思いませんか?」
「……研究って」
「詳しくはまだ言えません。一つ申し上げなければならないのは、あなたは彼女に二度と会えないかもしれない、ということです。……彼女のために自分を賭ける覚悟はありますか?」
「……彼女が助かるなら、俺はどうなってもいい。何でもする。その研究、協力させてくれ」
「ありがとうございます。この研究が成功したとき、あなたを絶望から救われていることでしょう」
そうだ。それで俺はこの研究に協力した。
「思い出した」
思い出してしまった。正しい記憶を。
腕にチクリとした痛み。注射だ。
「俺は、また……」
「ええ。やり直しよ」
瞼が重くなる。闇に包まれ、そのまま―――。
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