幸せを願って

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幸せを願って

「私の名前を呼んで。お願いよ」  私は被験者を見つめた。まだ、目の焦点が合っていないように見える。 「名前を呼んで。わかるでしょう」  お願い。今度こそ。 「……わからない」  被験者の様子はこれまでの実験結果と同じ。ゆっくりとした発言と動作。脳は正常に機能していない。 「どうして」  どうして、うまくいかないの。成功しないの?  落ち着くのよ私。まだわからない。これからよ。  同じ言葉を被験者に伝え、私は扉へと向かう。 「あの」  ここで必ず被験者は私を呼び止める。  どうか、質問ではありませんように。 「……何?」  しかし、被験者が口にした言葉は一言一句、これまでとなんら変わりがなかった。  同じ問答を繰り返し、私は部屋を後にした。 「また失敗だわ。何がいけないのかしら」 「まだまだ改善の余地ありってことですかね」 「そうね。この研究が成功すれば、きっと人々の救いになるはずだわ。その未来を実現させるためにも、頑張りましょう」  私たちが行っている研究は「記憶改変」。  人の記憶に手を入れ、思い通りの記憶に書き換えることを最終目標としている。  被験者には特殊な記憶喪失の病気だと説明し、ある程度混乱を防ぐ。  この被験者が、私のことを妻だと認識すれば、正しい記憶の中の「妻」が、「私」だという記憶に改変されていれば、この実験は成功となる。  まだまだ成功の兆しは見えない。  でも、私は諦めない。  だって、  不幸な記憶が幸福な記憶になれば、人は生きていけるでしょう?
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