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記憶喪失
「私の名前を呼んで。お願いよ」
目が覚めたら、ベッドの横に知らない女性が座っていた。
知らない女性が呟いた。すがるような目で。
「名前を呼んで。わかるでしょう」
そう言われても。
「……わからない」
知らない。はずだ。覚えがない。記憶にない。
というか。頭がぼーっとしてよく思い出せない。本当は知っているのだろうか。
「どうして」
女性は唇をかみしめ、手で顔を覆い、そのまま髪をかき上げた。
「何も思い出せないの?」
よく、わからない。女性の名前どころか、自分の名前すらわからない。
俺の様子を見かねてか、女性は重たく口を開いた。
「そう。寝起きだからかもしれないわ。落ち着いて、何か思い出したらそこのボタンを押して」
視線の先を追うと、ベッドの横に、どこかに繋がっているだろうオレンジのボタンがあった。
女性は立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
どうして?
「あ、あの」
だるい脳を何とか働かせようと、対象に呼びかける。
「……何?」
期待を乗せた問いに聞こえた。
「あなたは、誰ですか?俺は、誰ですか?」
期待外れ、だったのだろうか。女性は残念そうに俯いた。
「あの」
「今はまだ、教えられない。思い出してほしいから」
「俺は、よく、思い出せないんです。頭が、重くて」
「あなたは、記憶喪失なの。それも、不定期に何度もあなたの記憶はリセットされる。でも、言語障害も見られないし、幼児化するわけでもない。そういう病気。今、治療方法を探しているの。他に聞きたいことは?」
「え、と」
いきなり長く話されて、理解しているはずだけど、整理させてほしい。
「何かあったら、それでね」
ああ、ボタンね。
女性は部屋から出ていった。
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