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目が覚めると、暗い部屋にいた。見慣れない天井の部屋に、僕は横たわっている。時間はきっと夜。カーテンの隙間からわずかに月明かりが入ってきていたから。周りをよく見まわそうと思って首を動かすと、頭がガンガンと痛んだ。思わず顔を顰める。
右手が誰かに握られている。頭を極力動かさないようにその方向を見やると、僕の右手を握ったままベッドに顔を突っ伏している人物がいた。見慣れた短髪──高海だ。
そう認識した途端、僕は手を引っ込めようとしてしまった。その動きで気がついた高海がガバッと顔をあげる。
「遥! 目が覚めたか、よかった……」
高海はくしゃりと顔を歪め、泣きそうな顔をした。しかしすぐ思い出したように僕の枕元のボタン──ナースコールだ。ここは病院なのだろう──を押した。
「警察から電話来たときは心臓止まるかと思ったぞ。……何があったか、覚えてるか」
「ごめんなさ、先生、僕……」
精一杯出した声はひどく掠れていた。
「謝んな。お前は被害者だ。加害者はもう捕まったから大丈夫」
高海が僕の頭を撫でる。その手の温かさと力強さに僕はなんとも言えない安心感を覚えた。一瞬沈黙があって、何から話そう、と考えていると、医師や看護師がわらわらと部屋にやってきた。高海が椅子から立ち上がる。
「明日またくるからそのときゆっくり話そう。とにかく目覚めてよかった……お大事に」
高海と話していない期間なんてせいぜい一、二ヶ月程度だったというのに、一年以上声を聞いていなかったような気がした。それくらい懐かしく、また僕を安心させてくれる声だった。
翌日、僕は朝から色々と体の検査を受けた。昼過ぎには刑事さんが来て取調べを受けた。「彼氏」との関係や、ラブホテルに行った経緯など。その後のことは覚えていないので、逆に刑事さんから教えられた。
どうやら僕はラブホテルで「彼氏」とその友達に薬物を飲まされ、輪姦されたらしい。しかし僕の体が薬物に過剰に反応してしまい、気を失った僕に怖気付いた二人は僕を部屋に放置したまま逃げた。後でホテルのスタッフが僕を発見し、救急車と警察沙汰になったようだ。加害者の二人は既に捕まったという。僕は刑事さんから厳重な注意を受けた。今になって思うと、なんて馬鹿なことをしたんだろうと自分でも思う。
刑事さんと入れ替わりで高海が部屋に入ってきた。もう授業は終わったんだろうか。
「よぉ、遥。体大丈夫か?」
僕は控えめに頷く。高海がよかったぁ、と破顔した。
「……あの、本当にすみません」
「何に謝ってんの?」
逆に質問され、僕は面食らう。何を考えているかわからない高海の表情に一瞬怯み答えに詰まったが、辿々しく言葉を紡ぐ。
「……馬鹿なことして、心配かけたこと」
「本当だよ! お前本当馬鹿!」
高海は戯けた口調でそう言うと僕の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。怒られると思っていた僕は意外な反応に戸惑う。
「あの……怒らないんですか」
「怒ってるよ。馬鹿なことしやがって。いや、それは自分を大切にしないという意味でな。でも、無事で何よりだから」
高海は目を細め、僕の目を見つめた。その優しい顔に僕は照れてしまい、少し視線を逸らす。しかし思い直して、高海の目を再び捉えた。一番気になっていたことを訊こうと思ったからだ。
「僕はあなたを裏切った。しかも一回目じゃない。こんな僕を、どうしてあなたは見捨てないんですか」
自分で話しながら思う。本当に僕って最低だ。同じ過ちを犯すなんて馬鹿のやることだ。本当はもう見捨ててるって言われたらどうしよう。僕は緊張でドキドキしながら、高海がゆっくりと口を開くのを待っていた。
「裏切られたとも見捨てようと思うわけねぇよ。だって遥は、俺の大事な生徒だもん」
──時が、止まった。ように感じた。
『俺の大事な生徒』──以前にも言われたことがある。高海が僕の家に来たとき。義父に立ち向かってくれた高海が口に出した言葉だ。あのときから、高海は変わっていない。
止まった時は僕の頬を伝う涙で動き出した。哀しくて泣いてるんじゃない。嬉しくて、僕は泣いてしまった。
やっと高海の気持ちがわかった。彼は僕を許してくれていた。僕がどんな人間であろうと、どんな罪を犯そうと。僕が親からすら愛されない人間でも、どんな愚かな行為をしても。これが愛でなかったら、一体何が愛だろう。僕は高海に、とっくに愛されていた。
僕はただのわがままだった。高海が好きなのはいいとして、彼のことを考えず、自分の気持ちだけで暴走して。そんなのは愛じゃない。僕も、高海を愛したい。愛されるだけではなくて、僕が高海を愛したいと思った。
「おいおい、どうして泣くんだよ。お前って意外と泣き虫だよなぁ」
そんなことを言われるなんて心外だ。今まで僕はひとりぼっちで寂しくても、殴られて痛くても泣いたことなんかなかったのに。高海と出会ってからだ、こんなに泣くようになったのは。でも、この涙に託けて。僕は高海の胸に飛び込んだ。高海のポロシャツを濡らしながら、僕は素直になる。
「好きです、先生」
「うん、知ってる」
優しい声の振動が、高海の胸から僕に伝わった。
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