001.ヴィヴィパーラ星

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001.ヴィヴィパーラ星

─── ヴィヴィパーラ星 ヴィヴィパーラ星は地球から約444光年離れたプレアデス星団に含まれる惑星の一つである。 半物質化したヴィヴィパーラ星は天体望遠鏡で見ることはできない。 重力レンズを使ってようやくぼんやりとした影が認識できるダークマター(不可視・感知不能の物体)だ。 もちろんそこに住む住人たちもまたダークマターである。    地球科学・人類の目で捉えられ認識できるものは宇宙全体のたった5%ほどだという…  ヴィヴィパーラ星のような《反物質化》した天体はむしろ可視化できるものよりも多く存在するのだ。 ヴィヴィパーラ星は太古の昔に《物質文明》を通り過ぎ、自然法則ごと天体が新たな段階に生まれ変わったのだった。  地球のような物質世界から見れば消滅したように映るのだが、実際には質量として存在し、むしろ宇宙全体から見るとその存在感は増しているとも言える。 ヴィヴィパーラ星では住人たちの《意識》があらゆる自然法則に対して優位になる。 イメージさえできれば、それが具現化するのだ。 食物・衣服・家屋・生活用具などは意識すると出現させることができるが、あえて道具を先に生み出してから時間をかけて物理的に作成することもある。 そのほうがより洗練されたモノを作り出すことができるからだ。 また、ヴィヴィパーラ星の住人たちは記憶力がほとんどない。 本・資料・デジタルデータなども存在しないのである。 住人たちは”とある存在”にその都度アクセスすることで、必要な知識を得ることができる。 そのため、脳の海馬がほとんど使われなくなっているのだ。 知る・記憶する・集めるといった行為なしに瞬時に必要な情報を入手できる『端末のないインターネット』といったところである。 ヴィヴィパーラ星は地球人の感覚からすると、存在しているのかしていないのか良くわからない天体であるが、実は密接なつながりがある。  過去から現在まで数え切れないほどのヴィヴィパーラ星人が飛来しているのだ。 ヴィヴィパーラの住人が地球にやって来る場合、おもに4つのルートがあった。 1.《通常ルート》女性の子宮に宿り出産され、地球人として転生する。 2.《緊急ルート》現在の容姿・能力のまま一時的に地球に降臨し任務を遂行する。 3.《憑依ルート》現在の容姿・能力のまま事前に定められた被憑依者に同化し業務を行う。 4.《特殊ルート》地球の繁殖システムを使わず容姿を地球人に似せ能力を下げて転生する。 《緊急ルート》を使ってやって来た場合、ヴィヴィパーラ星の生命体は地球の人類からは『天使』として認識される。 頭上に光臨を輝かせ背中からは羽が生えた、誰もが知る”あの姿”である。 ダークマターの宇宙空間を縦横無尽に行き来する高次元の生命体たち、星間連合・星団連合・銀河連合等の存在たちの中においては、ヴィヴィパーラ星は《下層次元》に位置する。 そしてダークマターの高次元の生命体たちは、ヴィヴィパーラの住人たちを親しみを込めて『下級ペーツォ』と呼んだ。 ─── 紫色の髪をポニーテールに結わえたプルプラと、金髪の巻き毛でショートヘアのスピーツォイは大の仲良しだった。 2人ともカラフルなTシャツに短パンを着、イヤリングやネックレスといったアクセサリーなども身につけている。至極カジュアルなファッションだ。  彼らは地球の人類に例えると「少年少女」のような見た目をしているが、いわゆる若年者とは少し意味が違う。 老化という足かせから逃れたヴィヴィパーラ星では寿命がない。  したがって年齢というものも存在せず、乳幼児から老人まであらゆる世代のペーツォが暮らしているが、それは映画や舞台の俳優の《配役設定》のようなものである。なので年齢による縦関係も存在しない。 個人の容姿や性別、社会的位置づけは”本人の意思”によって決まっていた。 成長したい者はするし、何千年も同じ年齢の者もいる。 また、強く願望することで老人から若い世代へと逆行することもめずらしくない。 性別にいたっては分類の境界線がとても曖昧である。 心身ともに完全な男性、完全な女性は少数派で、大多数は《中間性》だ。 また性別の話題自体が交わされることもない。  死なない生命体は繁殖を特段必要としない。それに準じて性差別の重要性も低くなるのだろう。 ───ある日プルプラとスピーツォイは、空中に浮かんで蹴鞠をしていた。(ペーツォたちは重力に囚われることなく自由に空を飛んだ) プルプラとスピーツォイは棒付きキャンディーを口に入れたまま蹴鞠を何時間も楽しんでいる。 雑談を交わしながら蹴鞠を続けていると、空の青いキャンバスにファスナーのような切れ目ができ、巨人がニョキッと姿を表した。 巨人にはプルプラやスピーツォイと同様に光輪と羽があり天使の姿をしているが、とても大きく立派で神々しい。 巨人は現れるなり2人に話しかけた。 「ヤー、かわいいペーツォ君たち、お邪魔するよ!君たちの名前はなんて言うんだい?」 「プルプラ…」 「スピーツォイ…」 2人ははにかんだ様子で自己紹介をし、巨人も名前を名乗った。 「僕はパレトロ、よろしくね!」 すると金髪のスピーツォイが自分の手をじっと見つめはじめる… 2秒ほどすると見つめた手のひらの上に棒付きキャンディが現れた。 スピーツォイはもじもじしながら笑顔を作ってキャンディーをパレトロに突き出した。 「ねえ、パレトロ…ボンボン食べる?」  パレトロは差し出された棒付きキャンディのボンボンを受け取ると、自分の口に放り込んだ。  ニッコリとお礼代わりの笑顔を見せる。 3人は一緒に地上にゆっくりと降下し、草原の上に降り立った。 それからパレトロがおもむろに何もない中空に手を伸ばすと、大きなハケと木製のバケツが現れ両手に握る。 ドブンッと大きなハケをバケツに突っ込むと勢いよく振り回し、空と山の景色に向かって振りかぶった。 プルプラとスピーツォイは不思議そうにパレトロの動きを目で追っている。 すると大ハケの当たった景色の一部は瞬く間に消滅し、そこには何もない大きな空間が広がった。 プルプラとスピーツォイたちの表情は疑問から驚愕へと変わる。 再度パレトロはバケツにハケを突っ込む。 ハケの先端には緑色の塗料が付いた。 大ハケをもう一度空にやると、見る見る大空が塗られて何かが描かれていく… 10分もしないうちに、パレトロはヴィヴィパーラの空に見事な山を描きあげた。 自然の景色をすっかり変えてしまったのだった。 「うわ~!すげークール!」 「アンビリーバボー!!」 プルプラとスピーツォイの感嘆の声が野山にこだまする。 2人が驚いたのには理由があった。ヴィヴィパーラ星の住人たちには今パレトロが見せた芸当はできないのである。 欲しい物、必要なもの、望んだ状態を”ある程度”具現化させることは可能だが、《環境のデザイン》を細部にわたって好みのものとすることはできない。もしするとするなら、労働力とサイコキネシスによって土と岩を積み上げ植物を植えて山を作る必要がある。 しかしそんな手間のかかることをこの星でする者はいない。 (こんな環境で暮らしたい)と願えばそれに近い境遇を《選択》することができるために『ゼロから環境を作る』という願望を誰も持たないし、思いもつかない。 またその能力も持ち合わせていない。 これこそがこの星の住人たちが『下級』に位置づけられる所以でもあるし、この天体が『半物質』と呼ばれる理由でもある。 彼らはより高い次元の生命体によって、”そこに住まわされている”のだった。  パレトロは作品の出来栄えに満足し、腕を組んで感慨深げに自分の作品を見つめて創作の喜びを堪能している。  作業が終わりペーツォたちとパレトロは、草原の大きな岩の横に座って話はじめた。 プルプラが中空を掴むような手の形を作って凝視すると、ストローの刺さった紙コップが現れる。 ヴィヴィパーラ星では誰もが愛用する《トリンキ》と呼ばれる気体飲料だ。 それをパレトロに差し出した。 「どうやったらあんな絵を描くことができるの?」  スピーツォイがトリンキをグビグビ飲んでいるパレトロに向かって質問する。 「絵じゃないよ、あそこに行ってごらん、ちゃんとした山だから。本物の草木があるし、動物もいるよ。できたての山は快適だから、そのうちこの星のペーツォたちが何人か越してくるんじゃないかな」 パレトロは山を見ながら、そう説明する。 2人はあんぐりとしてパレトロを見、山の方に無意識に視線をやって「へ~」と間の抜けた返事をした。 「そうだ!君たちがあの山の名前をつけてもいいよ」 パレトロがそう言うと、プルプラとスピーツォイは目を輝かせた。 「じゃあ、トモーロスなんてどう?」 「それイイね、イケてる!響きがサイコー!」 ペーツォたちがそう言うと、パレトロは賛成した。 「このあたりの山とか川とか岩とか草原とか、みんなパレトロが描いたの?僕も描きたいな…」 プルプラがそう言うとスピーツォイは激しく首を縦に振り、パレトロに熱い視線を送る。 「う〜ん、ここのペーツォたちでは難しいな…」  パレトロは腕を組んで辛そうな顔をしている。 「パレトロの星に行けばあのハケと絵の具が手に入るの?」 スピーツォイが引き下がらず質問する。 パレトロはまた困ったような顔をして答えた。 「ここのペーツォたちではハケと絵の具があっても描けないんだな…それに、君たちは僕の住んでいるアルキオーネには入ることもできないしな…」 「アルキオーネって、中層ディメンシア(次元)の?」 プルプラがそう聞くとパレトロは頷いた。 『アルキオーネ』もプレアデス星団の中にある恒星の1つであり、惑星系を持つ。 アルキオーネもダークマターであるがヴィヴィパーラよりも次元ステップが1段高いとされ、物質的制限から完全に解放された環境である。  地球からヴィヴィパーラが見えないように、ヴィヴィパーラからアルキオーネは見えなかった。 フーッとため息をつきパレトロは立ち上がる。 「やっぱり一度”下る”しかないかな…」 ぼそっとそう呟き、言葉を続けた。 「まあ、でもそんなに願っているなら、計画書にペンが走り始めたと思うよ。じゃあ、僕は続きの仕事があるから行くね」 「下る?」「計画書?」「ペン?」とペーツォたちは首をかしげた。 パレトロはまた空間を開いた。 一度ペーツォたちの方に向き直り、手を振ってから姿を消した。
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