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004.マルバスタ~地球~
漂白が済んだ光輪と羽は透明化しただけではなく感触も失われていた。
ペーツオたちは不思議そうに何度も頭のリングと羽があった場所に手をやって無駄な確認を続けている。
ただ、何気なくジャンプをしてみると今までと変わらず浮遊はできるようだった。
まだ完全に肉体が物質化したわけでもなさそうだった。
「これで準備は完了だ~!いろいろトラブったけど、いよいよここからがブートキャンプの始まりだよ」
ポルディストがこれまでの無様な仕事ぶりを誤魔化すように威厳を取り戻して言った。
ポルディストのその言葉でペーツォたちは気を取り直して背筋を正す。
「後はかんたん!ここから飛び降りるだけだ!」
ペーツォたちは雲の合間から見える地球の景色を見て、ソワソワ、ドキドキした。
「では無事を祈る!良い旅を!Cool Running!!」
ポルディストの号令に従って3人と1匹は勢いよくジャンプし、空に飛び出した。
─── 雲から飛んだ3人と1匹は、垂直に落下して行く。
どんどんと下降すると靄が晴れて海と地表が目に入った。
「うわ~、キレイ!!」
3人と1匹は声を揃えて叫ぶ。
あと数百メートルで地表に着くというところで、異変を感じた。
それはまるで大きなゴムボールの上に落下したような感覚だった…
ボッヨョ〜ンン!!
次の瞬間、実際にそんな音が鳴ったかどうか定かではないか、とにかくそんな感じで3人と1匹は大きな反射抵抗を受けて跳ね返された。
そして元来た積乱雲の方向に飛ばされてしまった。
ペーツォたちはどんどんと上昇し、落下したときよりも速い速度でブートキャンプ受付所の高さまで戻されてしまったのだ。
そこまで上がると体は静止してプカプカと浮遊し始める。
そして受付所のテントの中の様子が目に入った。
そこにはポルディストとボギエがアイスドリンクを氷をカラカラさせながら飲み、楽しそうに談笑している姿が見える。
カチンッときたプルプラが猛抗議した。
「ねえ!!これどういうこと!?戻ってきちゃったんだけど?」
ポルディストとボギエはプルプラの声に気づいてビクッと痙攣して振り向いた。
プカプカ宙に浮いてホバリングし、半ば睨みつけるような面持ちの3人と1匹を見つけた。
ポルディストは両手で頭を抱えてのけぞる。
「Oh!Noooo!忘れてたぜ~!」
そういうとポルディストはテント横に置かれている大きなメーターとダイヤルがたくさんついた機械の方へ駆け寄る。
そしてペーツォたちの方を見て叫んだ。
「ごめん、ごめん!君たちはヴィブロベンド(生体周波数)が高すぎるから降りれないんだよ!」
ポルディストは機械の1つのダイヤルに手をかけてまた振り返り、叫んだ。
「今ヴィブロベンドを下げるからね!集中してね!いくよ~!ハイ!!!」
ポルディストがつまんだ大きなダイヤルを左に回し切ると、ペーツォたちは内蔵を引き抜かれたような強い衝撃を受ける。
3人と1匹は先ほどの何倍もの重力を感じ、下に引っ張られるように下降する。
「うわっ!」
「キツイ!!」
「やばいよ、コレ!!!」
先ほど飛び降りたときの何倍ものスピードだった。
ぐんぐんと地面が近づき、高いところが得意なペーツォたちだったが恐怖すら感じるレベルだ。
積乱雲の上でポルディストが操作しているらしく、ペーツォたちは地表200mほどの高さから減速を始め、そこからゆっくりとした速度でバサッと地表に落ちた。
一瞬気を失った3人と1匹だったが、嗅いだことのない強い匂いに鼻の粘膜を刺激され、すぐに全員が意識を取り戻した。
その場所は枯れ草混じりの小さな草原が不規則に点在する海岸だった。
ペーツォたちは起き上がり、空と海の方を向いて立つ。
鼻を突く強い海の香りと生暖かく強い風。
風に煽られてワサワサと気味悪く音を立てる植物。
それらもずいぶんと不快だったが、それより何よりとんでもなく体が重かった。
スピーツォイとセーモがその場でジャンプをしてみたが、もう浮遊することはできなかった。
プルプラとスピーツォイが自分の手を見つめても、ボンボンも出現しない。
リンコはしきりに体を舐め、まとわりつく不快な空気を取り去ろうとしている。リンコはこれまで感じたことがない、刺すような痒みも感じていた。
3人と1匹の顔はどれも不安で青ざめ、誰一人言葉すら発することができない。
「ウッ!」
「オエッ!」
「気持ち悪い!」
「グエッ!」
突然胸の辺りに《異物感》がこみ上げてくる。
ペーツォたちはその場にへたり込み、四つん這いになって唸った。
ゲロッ!ゲロゲロゲロ~~~!!
3人と1匹は四つん這いのまま激しく嘔吐し、鼻水と涙で溺れそうになる。
その嘔吐は5分ほど続いた。
そして四つん這いになったことで草むらの中に焦点が合った。
彼らの目に映ったのは「食物連鎖」の現実だった。
何百匹もの米粒くらいの虫が角を立てて戦い、その小さな虫を少し大きな別種の虫が喰い散らかす。野ネズミがその大きな虫を攻撃し口に頬張り、その残骸をアリたちが行列を作って巣に運ぶ。野ネズミに黒い蛇が噛みついて丸呑みにしたかと思うと、その蛇を親子のイタチがかぶりついてバラバラに引き裂き、口の周りを鮮血で染めた。ピューッと甲高い声が鳴り空からトンビが急降下し親イタチの抵抗も虚しく子イタチを掴んで飛び立つ。砂浜に目を向けるとミミズや昆虫、小さな亀、小魚たちが絶命してカラカラに干からび異臭を放っている。先ほど子イタチをつかんで飛び去ったトンビは大鷲に襲撃されて海に墜落していた。
「ウワワワ~ッ!!!!」
しばらく自然の食物連鎖を見ていた3人と1匹は我に返って体を仰け反らせて立ち上がり、寒気を感じてブルブルッと震えた。
『なんて気味の悪い星なんだろう…』
3人と1匹は声に出さずに心の中でそう叫んだ。
彼らの故郷ヴィヴィパーラは、景色こそ地球と似ているがお互いを捕食するということがない。ペーツォたちから小動物・魚類・大型動物に至るまでコミュニケーションを取ることができ、助け合うことはあっても殺し合うことはないのだった。ペーツォたちはヴィヴィパーラにある4つの衛星のどれかが満月になった日の夜露を乾燥させた粉末を抽出して主食にしたし、その他の動物・昆虫・魚類・貝類に至るまで、他者を傷つけなくとも安易に入手できる主食を持っていた。動物から出てきた内蔵など今初めて目にするものだったし、血液ですら見たことがなかったのだ。
フラフラしながら呆然と立っている3人と1匹の背後からゴツッ!ゴツッ!と音がし、全員が振り返った。
そこには大きな岩に意味もなく頭突きを喰らわせる長い角を持ったヤギの姿があった。
大角のヤギはペーツォたちに気づいて振り向いたが、その表情は半笑いで挑発しているようにも見えた。
ヤギはまた岩に向かうとゴツゴツと頭突きを続けている…
「乱暴なヤツだな…」
震える声でスピーツォイが言うと、セーモもそれに続いた。
「やだよ、こんな野蛮な星」
気をしっかり保とうと、強く口を結んでいたプルプラが何かを言おうとしたが、その声はすぐに鳴き声に変わる。
「ウッ、ウワ~~~ン!!」
ヴィヴィパーラで何千年も泣いたことがなかったプルプラだったが、先ほどの羽取りの際に泣いたことで、すでに”泣きグセ”がついていたのかもしれない。
プルプラが泣いたことでスピーツォイもセーモも、そしてリンコまでもが泣き始めた。
3人と1匹の泣き声は山にこだまして増幅され、海風でエコーエフェクトがかかってうねりのある効果音のようになった。
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