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少し上ずった声で彼女は聞いてきた。見知らぬ人間に声をかけることに、緊張している様子だった。
失望させないように俺はそこの角を曲がって、バス乗り場の側の階段を下りて案内通り行けば、地下鉄乗り場に辿り着きますよと、できるだけ丁寧に教えた。
彼女は納得したように頷いたが、すぐさま歩き出そうとはしていなかった。
「ありがとうございます。教えてくださって。私仙台駅には初めて来たので、何もかもわからなくて」
礼にとどまらず、彼女は話を繋げようとしてきた。同じ年頃の子を見つけられたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
だけれど、いくら乗り換え時間に余裕があるとはいえ、悠長に話しこんでいる暇は俺にはなかった。
「いえいえ、お役に立てたようで幸いです。じゃあ、俺もう行きますんで。たぶん受験? ですよね。がんばってください」
そう言って俺は、地下鉄乗り場に向かおうとする。いいことをしたから、神様も見てくれているだろう。
しかし、彼女は「ちょっと待ってください」と、俺を呼び止めた。
「あなたも地下鉄に乗るんですか?」
「まあ、そうですけど」
「東西線ですか? 南北線ですか?」
「東西線ですけど、それがどうかしましたか?」
彼女はふっと頬を緩めた。まるで仲の良い友達にするような表情で、思いもよらぬ言葉を口にする。
「私、これから仙台英俊高を受験するんですけど、あなたはどこの高校を受験するんですか?」
思い切って放たれた言葉に、一瞬俺の動きは止まった。俺も同じ高校を受験するところだったからだ。
動揺を悟られないように、俺はこまめに呼吸をする。嘘をついてもよかったが、次に彼女が言うであろう言葉を予測して、俺は本当のことを言うことにした。
「俺も仙台英俊です」
彼女はぱっと表情を華やがせる。頼りになる案内人を見つけることができた喜びと安堵が、顔に滲み出ていた。
そして、彼女は食い気味に、俺が予測した通りの言葉を口にした。
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