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女は店主を睨みつけながら湯呑みに手を伸ばす。立つ湯気で想像するよりも湯呑みはぬるい。女はひとくち啜り、ふたくち、みくちと啜ると一気に飲み干した。
店主から目を離さずに手の甲で口元を拭う。
それを見届けた店主がおもむろに口を開いた。
「お話を聞きましょう」
「この店に以前から夫が出入りしているのは知っているのよ。あなたと親しいということも」
「それをどこで?」
「どこでもいいでしょう?」
女は鼻で笑う。
「夫がいなくなったのは三日前です」
腹の底から湧き出るような低い声で女は話し始める。
突然言葉が改まったのを、店主は黙って聞いていた。
「その夜、私に離婚届を見せました。二年前から好きな女がいて関係を持ち、とうとうその女に子供ができたというんです」
「だから別れたいと?」
「私たちには子供はいません。あのひとが子供なんていらないと言ったんです。だから私も諦めました。あのひとといるために。……許せない!」
突如思い出したように女が叫び激昂する。息が上がり、真っ黒なブラウスの胸のあたりをぎりぎりと握りしめた。
「ほう」
店主の相槌は穏やかで抑揚がない。
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