異形動植物商店

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「店長を呼べ!!お前のような下っ端相手では話にならん!」  ―早くしろ!  そう叫びながら、目のまえに置かれていた書類を投げつけた。投げられたその紙の束が机に落ちるより早く、そこに置かれていたコーヒーを救い上げる。 (あっぶな!せっかく作った書類がだめになる…)  それだけはマジ勘弁。紙というのは案外なんにでも使えたりする。濡れてしまったもの以外は。と、まぁ今はそんなことどうでもいいか。(いやよくはないが) 「聞いているのか!?」  目の前に座るのは、小太りの頭の丸いご老人である。その丸い体に合わせて作っただろうスーツ(背広?)が、キチキチと今にも悲鳴を上げて破れそうである。  全く。これだから嫌いなんだ。自分の思い通りにならなかっただけで、そこまで怒り狂えるのが、何とも羨ましい。子供と何ら変わらないではないか。 「おい!!!!」  未だ怒り冷めやらぬご老人は、今一度、今度は目の前の机を、その小さな丸々とした手で叩く。 「早く店長を呼んで来い!!!」  …少し大人しくしてくれないだろうか…。思わず手が出そうになる…。 「―かしこまりました。少々お待ちください。」  これ以上の交渉は不可と判断し、部屋を出る。パタンーと、後ろ手に扉を閉じる。そのまま、閉まりきるのも確認しないままに、静かに、足早に、店の方へと移動する。 「っふーー」  今自分が居た部屋は、受取が決まった客と契約やその他諸々をするために作られた部屋である。それは、店の奥に設置されている。  そこから店まで、徒歩10秒。 「店長が出られたら苦労しないっての…」  ここは、異形種の動物や植物などを取り扱う商店としてこの町に根付いている。今は店長に雇われた一人の人間として、ここで働いている。  しかし、店長を出せね…。この辺りでは店長が人ではない事は周知の事実だったりするのだが、あのご老人、ホントに何も知らないのか…。この調子だと、店長の怒りを買いかねないな、あの人。ま、関係ないが。 「ったく、そもそも外に出られないんだって…」  ぶつぶつと、独り言を愚痴りながら、店のなかで一番大きな水槽―アクアリウムに向かう。  ―もちろん、店長に会うために。 「…っふーー」  もう一度、深い溜息。自分を落ち着かせるために。私は、ここに数多くいる異形種達は何よりも大好きで愛しているのだが、人間は―自分と同じ人間は、ダメなのだ。  嫌いで。苦手で。  憎い。 「……」  店長―と呼ぼうともおもったが、その前に少々一服…。どうも落ち着かない。  アクアリウムに背もたれるように体重をかけ、ほぼ無意識のうちに手にしていた煙草を口にくわえる。  そのまま、ライターで火を― 「あれぇ、どぉしたのー?」 「……」  アクアリウムの中から、一つの声。  一人の人魚が、こちらに声を掛けてきた。美しいその声は、聴くものを海に引きずり込むというが…なるほど確かに惚れ惚れするほどに、美しい。  声を掛けてきた人魚は、他に大勢いる同種の彼女彼ら達とは、明らかに違う存在感を放っている。  ゆらゆらと、水中の中で揺れるその髪は白く、透明のようにさえ見える。小さな顔に備えられるそれぞれのパーツはどれも、芸術的なほどに美しい。その最たるものは、二つの瞳。赤く、紅い、ルビーのような輝きを持つ。その瞳は見るもの全てを魅了する。  その下半身は、確かに魚のそれで、人間にとっては異形なのに。そんなものはどうでもよくなるほどに、彼女は、美しい。 「…店長の代わりに、大嫌いな人間の相手をして、疲れてるんです…」 「もぉそんなこと言わずにさぁー」  ―私だって出られるもんなら出たいよぉ。  と、そんなこと微塵も思っていないであろう態度でそんなことを言う。―そう、彼女こそが、この美しき人魚こそが、この異形動植物商店『Variants』の店主として、この町に名をはせている。  過去に、たまたま、偶然、彼女の店を訪れたことをきっかけに、こうして店員をしていたりする。―ちなみに、それまでどうしていたのかと問うと、曰く「私の力でどうにでもなっていたわよ?」と笑顔で答えられた。まったく笑っていない笑顔で。それ以上は突っ込んで話す事を辞めた。  彼女は、異形で、異能なのだ。それだけのことだと、彼女は語った。 「ごめんだよぉ。まさか、あの人が私を欲しがるなんて思ってなくってさぁー…今まで人前に出ても、あそこまでの人っていなくってぇ、油断してたぁ(笑)」  彼女は、普段このアクアリウムの中で、他の人魚たちや、同じ水槽内に居る子達と遊んでいるのだ。が、たまたま、その彼女に一目惚れとやらをしてしまったらしい。かのご老人は。それで、彼女を売れと迫ってきたのだ。 「…誰のせいだと…」 「だぁから、ごめんてぇ」  ―もぉこわぁい。  なんて言いながら、キャラキャラと笑っているのだから、誠意というものが微塵も見られない。店長に誠意を問う店員もどうかと思うが。 「どうしますか、聞きませんよ、あのご老人」 「んー」  無理やり、仕事の話に戻す。これ以上雑談をしていると、あの部屋から飛び出してきそうだ。まぁ、さすがにそれくらいはわきまえているだろう―と、思っていたが読みが甘かった。 「おい!!まだなのか!!!」  ご老人登場。  ほんとに子供以下ではないかこのご老人。もう少しくらい待ってくれたらいいだろうに。どうしてそんなにも生き急いでいるのだろう。彼が帰られたら今度聞いてみよう。―と、またも読みが外れた。んん、今日は調子が良くないのかなぁ。 「お前!!何を商品と遊んでいるんだ!!」  ―さっさと店長を出せ!という彼の言葉はもう聞こえなかった。 バリンーーー!!!!!  それは何の音か。答えは簡単。  後ろにあった、彼女の居た、多くの海洋異形生物たちが泳いでいた水槽。  アクアリウムに、罅が入った、音。  その爆音に混じって、はっきりと聞こえる、彼女の、美しい声。 「誰が。商品、ですって?」  その水槽にいくら罅が入ろうと、水は溢れてこない。それは彼女の愛ゆえ。我が子のように愛する、生物たちが、傷つかぬように保護する、彼女の意思ゆえ。  その髪を鬣のように逆立て、目を細め、笑顔でいる。しかし、その奥には、烈火のごとく燃え盛る、紅い瞳がある。 「な、なんだ???」  水槽内に居る子達だけではなく、店内にいるありとあらゆる子供たちがかのご老人を睨む。  まるで、彼女の、その愛に応えるように。  睨み、唸り、牙をむく。 (あーあ、終わった…修理代いくらかかると思って…)  こうなってしまえば、もう手は付けられない。彼女も。この店の子達も。  「家族」を愛し、育むものに対し、それを「商品」呼ばわりすれば、そりゃ怒り狂っても仕方あるまい。この怒りは、かのご老人の幼稚な怒りと違って、意味がある。 「はぁ、もー知らね、」 「もー、そんなこと言わないの。おんなじ人間でしょー?」 「あんなん、人間でも何でもないっての」  そう言い捨て、店の奥へと向かう。  ここから先は、彼らの領分だ。 「「バイバイ、おじ様」」
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