矢野と一発芸

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矢野と一発芸

 周囲にいたメイドたちがざわめく。  一発芸って。相当ハードルが高いお題だとあゆみは密かに心配する。  しかも、陸様はつまらないものが大嫌い。  プチ笑いくらいではハードな処刑は免れない。  確実に一発で爆笑を誘わなくては。  緊張感が走る中、矢野は軽く片手を上げた。   「それでは、陸様の従兄弟、(そら)様の顔マネで、机の角に足をぶつけたのに気がつかないまま通り過ぎ、三十秒後に突然痛がり出す空様」  矢野はお題を言うと、いきなりスタスタと歩いて行き、机の角に足を少しだけぶつけた。ちょうど小指分の面積だ。  矢野の表情は全く変わらない。  これが一発芸⁉︎ と誰もがハラハラしたその三十秒後。   「………………!!!((((;゚Д゚)))))))」  矢野がわずかに表情を曇らせた。しかし、それほど大きな変化はない。  こんなことで陸様が爆笑するはずが── 「バふぅっ!!!」  ない、とあゆみが思った瞬間、陸様の口から聞いたことのない声が飛び出し、彼はソファーの上で腹を抱えて悶絶し始めた。 「やべえ! マジウケる!!」 「ええっ⁉︎ 今の、どこが──」 「しっ、静かに平野さん! ダメよ、疑問に思っちゃ!」  メイド長の長山さんがあゆみのスカートを叩く。そんなあゆみたちの声をかき消すほどの陸の大笑いに、矢野はスマートに頭を下げた。 「他のもやって」 「それでは続きまして、ゆでたまごだと思って殻を割ったら実は中身が生卵だった時の空様のリアクション。コンコン、パカッ………………((((;゚Д゚)))))))」  えっ、さっきと変わらない……とあゆみが思った瞬間、 「ブはあああっ!!!」  陸様がまたまたお腹を抱えて大爆笑された。  どうやら空様という方は、陸様のツボらしい。  陸様がこれほどまでに大爆笑をなさる姿を初めて見たあゆみは、矢野に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。 「すごいわ、矢野さん……!」      
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