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矢野と陸
「矢野はどこだ! 矢野を呼んでこい!」
またか。今日はもう三度目だ。
新人メイドの平野あゆみは大声を出した主の顔をこっそりと見た。
主の名前は沢田陸様。
年齢はまだ18歳、高校生だ。
しかし若いと言っても侮ることなかれ。
キリリとした眉と意志の強そうな眼光鋭いその瞳は、若き獅子を思わせる猛々しさがあり、何者をも恐れない気高さと王者の気品に満ちている。
圧倒的なオーラを纏った上に、整った目鼻立ちの完璧さも相まり、彼にひと睨みされた者は誰もが萎縮し、そして平伏す。
ただ一人、例外を除いては。
「お呼びですか、陸様」
コールを受けてからわずか一分でその男はやってきた。
彼はどこにいようとも必ず一分以内にやって来る。
沢田家の執事、矢野だ。
正確な年齢は分からないが肌の張り具合から見てまだ二十代だろう。細いがしなやかな体に黒い燕尾服がよく似合う。まるで生まれた時から着ていたようだ。身長は一般的な高さと思われるが、姿勢が良いので実際よりも高く見える。艶やかな黒髪をオールバックにし、いつでも清潔感のある白い手袋をはめ、隙のない所作で完璧に仕事をこなす。
まさにパーフェクトヒューマン。いや、もしかしたらアンドロイドなのかもしれないとあゆみは思う。人間だとしたらもう少しミスをする。常に完璧な人間など居ようはずがない。
けれどもこの矢野という男、あゆみが見る限りミスを犯したことは一度もないのである。
陸様はそれがお気に召されないのか、いつもどうでもいいことで矢野を呼びつけては彼がミスるのを待っておられる節があった。
「ご用件は」
「ヒマだからなんか一発芸して」
いきなりのムチャブリだ。
さすがの矢野もひるんだことだろう。
と思いきや、彼はそよ風のような笑みを浮かべてこう言った。
「かしこまりました」
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