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何も、言い返すことができなかった。
名前も生年月日も、趣味も職業も。
私は彼が話すことを全て真に受けて、それが事実だと鵜呑みにして、自分の都合のいいように結び付けていた。
初めて会ったときの彼の優しさを信じていたから。
でも、あの出会いでさえも仕組まれたものだったのなら、これは簡単に彼に心を許してしまった私の落ち度だ。
「本名も知らないくせに、彼女気取りしてんじゃねーよ」
「……」
「じゃあ、そういうことで」
冷たい口調でそう言い放つ『彼』は、私の知ってる『彼』とはまるで別人だった。
私が好きになったのは、彼が演じる「小岩井 誠」という男性であって、彼ではない。
そんなのは何のフォローにもなっていないけれど、そうでも思わなければ、この悔しさを鎮めることができなかった。
こうなったら、仕事に生きてやる……!
って、会社は倒産したんだった……!
家無し、職なし、彼氏なし。
これから私、どうやって生活していけばいいのだろう?
「取り敢えず、実家に連絡かなぁ……」
気が重たいけれど、逆境を乗り越えるためには仕方がない。
妥協案だと思っていた、出戻り策。
しかしその選択が、運命的な出逢いに繋がるなんて……
この時の私は、微塵も思っていなかった。
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