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「実は俺……今月いっぱいで、実家に帰ることになったんだ」
「へ……?」
開口一番に告げられた言葉は、私が想像していたものとは遥かにかけ離れていた。
彼は冗談を言うようなタイプではないし、決心を固めたような揺るぎない口調を聞いていれば、冗談だとかわせるはずもない。
まだ、頭が真っ白になったまま放心状態の私に、彼が順を追って説明をしてくれる。
「……前に親父が倒れたって言ったろ?入院が長引いていて、容体があまり良くないんだ」
「そうなんですか……?」
「うん。うちの実家は北海道で農場を営んでいて、最近は異常気象のせいで農作物の不作が続いて経営が赤字なんだ。
ここは長男の俺が何とかしないといけないと思う」
それは、大変なことだ……。
彼は誠実で正義感の強い人だから、御両親のことも放っておけないのだろう。
「じゃあ、会社も退職するの……?」
「うん。必然的にそうなるね。で、ここで本題なんだけど……」
「はい!!」
威勢よく返事をしてしまったのは、この期に及んでまだ私は淡い期待をしていたから。
結婚を前提に俺についてきて欲しいと、その言葉を告げられる可能性は十分に考えられると。
すると、彼が背筋を伸ばして姿勢を整え、真っ直ぐに私を見つめてきた。
胸が高鳴るシチュエーション。
彼が周囲を気にしながら、まるで内緒話をするように顔を近づけてくる。
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