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彼に連れられて黒いお屋敷の廊下を歩く。流石に黒一色というわけではなかったが、調度品の数々は暗い色の物で統一されている。
バルコニーのテーブルに通された。庭や林が一望できた。小鳥のさえずりと彼が紅茶を入れる音が心地よく聞こえる。
「お客様をお招きするのは久しぶりです。お口に合えばいいのですが」
目の前にカップが置かれ、優しい香りが立ち上った。アールグレイのミルクティー。口に含めば自然と頬がほころんだ。
とても美味しいと伝えると、彼は安心したようだった。
「それは良かった。私の主もその飲み方が好きだったんですよ」
そう言われた瞬間、嫉妬と自責で味が分からなくなってしまった。
いたたまれなくなって早々に席を立とうとすると、彼は二杯目を注ぎながら語りだした。
「私と主は幼馴染だったんですよ。主は子供の頃からマンガが好きで、その影響なのかバンパイアとか貴族とかに憧れるようになったのです。そのせいで私はいつも『貴族ごっこ』で執事として扱われました。その関係は結婚してからも変わることなく、ついにはこんな屋敷まで建ててしまったのです。もちろん親類縁者はそんな私たちを白い目で見てきましたよ、でも私は今でも主を愛しく思っています」
執事の視線が私の服に注がれた。私は恥ずかしくなって、変じゃないですか、と聞いてみた。
「美しくありたいとまっすぐ思うことができる人が美しくないわけがありません」
主を想う時に見せたあの微笑みで、彼は言った。
そのあと私はもう何も気せず、思うままに『お嬢様』として振舞った。語尾に「~ですわよ」とか言ってみたり、小腹が空いたからとベーグルを持ってこさせたり、社交ダンスを踊ってみたいとわがままを言ってみたりした。彼は困った顔をしながらも最後まで私に付き合ってくれた。それから少しだけ泣いて、慰めてもらった。
屋敷を後にするとき、私は何度も振り返った。そのたびに彼は手を振ってくれた。
その時の光景は今でもはっきりと思い出せる。
もう五十年も昔の話だ。
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