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「ねぇ、先生! 今日から勉強するの?」  くだらない、理解できない、と確かに考えていたのに。ネイトは結局()われるままに“レティ”に授業を行うことになった。 「ああ。算数をやろうか。数字は知ってるんだよな?」 「そんなのメイサ先生に最初のうちに習って全部覚えた。十個しかないもん、簡単。わたし、掛け算や割り算もできるんだよ!」  研究員は担当クローンの世話だけしているわけではない。  いくらそれがメインとはいえ、もちろん他にも業務があった。むしろ、物理的な時間では他の要件の方が多い。たとえ新たな培養に掛からなくても、細かい仕事はいくらでもあるからだ。  そして、専門職としては研鑽も怠れない。  常に最新の技術に対応できるよう、知識のアップデートは必須だった。研究者として熱心であればあるほど、そちらにも時間を取られてしまう。  もう出世も名誉も霞の向こうの遠い世界になったというのに、適当に手を抜く気はなかった。やはり研究が好きなのだ、とネイトは改めて考えている。  理屈ではなく、単なる「社会の名もない小さな歯車」として働く凡庸な生活が嫌だったわけでもなく。  結局「名が出ない」状況は同じでも、ただ研究を捨てたくなかっただけなのだ、と今更のように実感した。
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