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「“レティ”、そういえば前は『絵』も教わってたんだよな? 道具は何を持ってる?」
足りないものがあったら揃えてやらなければ、と軽い気持ちで尋ねたネイトに、“レティ”は首を傾げた。
「なに……、って? わたし、何も持ってないよ?」
屈託もなく答える目の前のクローン。
「あ、そ、そうか。じゃあ全部だな。またやってみるか?」
「お絵描きやりたい! いっぱい描いたら上手になるってメイサ先生が言ってた!」
嬉しそうな“レティ”に「お前がやりたいことは何でも」と、どうにか笑顔で返す。
“レティ”を部屋に戻し、自分のブースへ向かう途中でマックスと行き合った。
「マックス。“レティ”は私物を持っていないんですね」
「……君、自分が何を言っているか理解しているか?」
先輩の返答を聞く前に、ネイト自身が我が口から溢れた言葉に動揺してしまう。
実験体が、画材に限らず「自分のもの」を所有しているわけがない。それがネイトの常識で、──今も考え方自体は変わってはいないのに。
確かに、「外の世界を垣間見るデバイス」も個々に割り当てられた部屋にはなかった。
さっきのネイトと“レティ”のように、研究員立ち会いのもとでしか使えない。
それはそうだ。ここのクローンは「自由自在に情報に触れる」ことなど許される存在ではないのだから。
いや、そもそもそんな「待遇」を受けているのは、“レティ”を含めメイサが見ていた三体のみだ。
「あ、ああ。すみません。僕は“レティ”に絵を、絵──」
「画材でも楽器でも、何でも与えてやればいい。申請すれば支給されるさ。以前はメイサがあれこれ用意してやっていたが……。彼女に関わるものはすべて撤去されたから、そのときにまとめて処分されたか」
混乱を隠し切れないネイトを咎めるでもなく、彼はあっさり告げて来た。
“レティ”のものにはならないが、ラボのものとしてなら使わせることに制限はない、ということなのだ。
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