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「ほら見て、これわかる? わたし、先生の顔を描いたの!」  届いた画材を見せられて歓声を上げた“レティ”は、早速夢中でなにか描いていた。  手を止め顔を上げて、上気した頬でネイトを呼ぶ。 「ああ、うん。わかる。上手だよ。……でも俺、こんな格好良くないけどな」  専門の美術教育など、“レティ”は当然受けたこともなかった。  そのため「子どものお絵描き」同然だとしても、空間認識能力が高いのか特徴をよく捉えている。  本格的に教えたら、きっと伸びるのではないか。  そんな詮無いことが頭を過り、ネイトは即打ち消した。  実験体に美術の素養など不要だ。また何を無益なことを考えている? 「え〜、先生は格好いいよ! わたしの絵よりずっと!」 「……そりゃどうも」 「じゃあ次はねえ──」  素っ気ない口調で返しつつも、ネイトは自分の心情が急激に「職務上、かくあるべき軌道」を外れていくのを感じていた。  ──可愛い“レティ”。  ふと浮かんだ己の感情に困惑さえ覚える。どうしてこんな、愚にもつかない……。  殺傷する実験対象に名前を付けてはならない。  研究者の経験から来る鉄則だった。意識するかどうかに拘わらず、名前ひとつで情が移ってしまう。  科学者としても、どうしても笑い飛ばせない事実なのだ。  これは単なるオカルトとは違う。  一体自分は何をしているのか、とふと我に返ることはあった。  それでも、懐いてくれる素直で可愛い「生徒」との時間は確かに楽しかった。  周りのすべてから隔絶された異様な空間で揺蕩(たゆた)うかの如く。  ネイトはこの御伽噺のような、白昼夢のような優しい生活が何も変わらずこのまま続いて行くのではないか、と感じ始めていた。  ──現実逃避、していた。そんな筈はないのに。
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