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ただ、そういった犯罪者も「外の社会」では服役している、……あるいは処刑されたということになっているのかもしれない。
社会秩序を保つために。
ネイトの周囲にはそういう人間はいなかったので、実例としては知る由もなかった。
「別に構いません。大学に残って研究していたら、教授の娘にその、一方的に好かれたというか。研究室で告白されて断ったら、その場で手首を──」
誰かを愛したことなどはない。特別な存在を持ったことも。
突然「好きだ」と告げられ、まだ高校生だった彼女に「子ども相手にそういうことは考えられない」と口にした。
すぐ傍らの机にケースごと放置されていたメスに手を伸ばした少女を、止める隙もなかった。
いったいあの場でどう返すのが最適解だったのか、ネイトは今もわからないままだ。
彼女は命に別状があったわけでもなく、痕は残るかもしれないが傷もさして深くはないという。
それでも、引き立ててくれた教授が居たからこそ開けていた輝かしい将来は一瞬にして潰えたのだ。
能力だけはあると惜しまれて、非合法の研究施設送りになったというだけの話だ。
広いようで狭い研究者の世界では強大な力を持つ教授の手前、少なくとも専門では陽の当たる道は歩けない。
優れた遺伝子を掛け合わせ、ディッシュの中で作られた自分。
優秀な頭脳を持つ人間としての期待のみで生み出され、当然の如く研究者になった。
そして文字通り研究しかして来ていないネイトがこの技術で生きるためには、他の選択肢など存在しなかった。
後ろ盾になる、あるいは後ろ髪を引く存在としての『家族』もいない。
「その程度で? だったら何もここじゃなくても他にいくらでも、──まあ欠員が出たからか」
少し呆れたように呟いて、彼は淡々と自分について話す。
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