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「私は浮気した妻とその相手を殺めたんだ。裏切りだけは許せない質でね。妻を拘束して、目前で男を『分解』した。末端から少しずつ、ただの部位にね。その後は正気を保っていたかも怪しい妻を同様に。……なかなかに骨の折れる作業だったよ」
まるで世間話のような何気ない、気楽にも聞こえる口調だからこそ背筋に冷たいものが走った。
この男はきっと後悔も反省もしていない。
殺人よりも、マックスにとっては信頼に対する背信行為のほうが遥かに重罪なのだろう。
「とりあえず、私が君の案内役を仰せつかった。今後も疑問点や要望があれば私に。……所長は名ばかりで、技術者としてはともかく管理職としてはなんの役にも立たないからね。部下が全員『まとも』じゃないからそこは同情するよ」
確かにこういう「部下」は扱いづらいことだろう、と表には出さないままにネイトはすんなり納得した。
「こちらが君のスペース。業務についてはどこまで聞いている?」
先導されて辿り着いた個人ブースのロックを解除した彼は、まずドアにネイトの「網膜の静脈パターン」を登録させた。
その後マックスに促され、中へ踏み込む。
「人間のクローン研究をしているとだけ。確かに僕はクローンが専門ですが、人間を作ったことはなくて……」
「そりゃ禁止事項だから当然だよ」
先輩研究員があっさりと返してくる。
「根本的にここでは、オリジナルが誕生するのとほぼ同時進行でクローンを作成する。臓器ではなく君の言った通り『一から人間を作る』。つまり倫理的には最もアウトな研究だってことさ」
有り余る金と力の両方を持つ者が、己の跡を継ぐ子の『スペア』を望む。
大切な後継者の、予備の臓器の生きた容れ物としての複製を。
彼らにとっては至極当然の思考だとしても、「表向きの姿勢」は繕わなければならないのだ。
この、……あくまでも「外の」社会で、上の存在として居続けるために。
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