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柚月は、声の主が野崎でないことに気付き、慌てて手を戻した。
目の前で肘を擦るその男は、柚月が今最も会いたくなかった人物だった。
「相変わらず過激だな、イバタ」
心臓の鼓動が激しく鳴った。
イバタ…井幡は、学生の頃の柚月の名字だ。
柚月はしらばっくれた。
「は?私は薬丸といいますが…誰かとお間違えでは?」
大雅は、ふん、と鼻を鳴らして顔を反らした。
「潮田高でつるんでた、イバタだよな?黒マスクの堕天使、必殺技はバックスピンキック!」
やめろ、その恥ずかしい渾名。
「違います」
柚月は、ダッシュで逃げた。
「待て、コラ」
ドスのきいた低音&巻き舌の声が背後から聞こえた。しまった。逃げれば追う、奴の習性だった。7年経ってすっかりスーツの似合うコジャレた大人になったように見えるのに、本質は変わらんと見える。
しかし、本社の間取りに慣れていない奴は、圧倒的に不利。
柚月は背後から追ってくる狂犬を鮮やかに撒き、数分後には自分の席に戻っていた。
「何で息きらしてんの?」
上田が不審そうに声をかける。
「最近、運動不足だったから、階段を使ってみた」
しかし、大雅がこれで諦める訳がない。
柚月は内心頭を抱えていた。
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