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バレンタインデーの告白
「あの……っ。これ、受け取ってくださいっ」
人混みでざわめく夕暮れのホーム。わたしは思わず手に持った紙袋を彼に向けていた。俯く視線の先に、勢いよく差し出した紙袋がゆらゆらと揺れているのが見える。
こんなはずじゃなかった。彼が降りる駅でわたしも降りて、改札を出てから声をかけるはずだった。何度も何度も頭の中でシュミレーションしたのに、緊張に頭が真っ白になって、電車を降りる彼の背中に焦り、ただ『言わなきゃ』ってことしか分からなくなっていた。
そう。今日はバレンタインデー。告白のきっかけにできるありがたい日。
わたしはいつも同じ電車に乗る男の人に恋をしていた。途中から乗ってくるその姿は、通学時間の最後の三駅分、わたしにキラキラとした春をくれるようだった。友だちと笑って話している姿に、その声に、わたしはすぐに惹かれた。
そして彼に恋をしてからおよそ一年が経つバレンタインデーに、その想いを口にしようと決めた。何度か目が合ったとき、優しい目で微笑んでくれたのはきっと気のせいじゃないと思う。もしかして、もしかしたら、チョコレートと一緒にわたしの気持ちも受け取ってくれるかもしれないなんてほんの少しだけ、期待してしまった。
それに、降りる駅と着ている制服からどこの高校かは分かっていたけれど、学年までは分からなくて、ひょっとして三年生ならこうして電車の中で姿を見ることすらなくなってしまうかと思う焦りがわたしの背を押した。
なのに、こんなはずじゃなかった。駅を出てからそっと渡すつもりだったのに。どうしよう、周りの人たちがこっちを見てる。ざわざわとした雑踏は、こんなところで告白をしているわたしを笑っているみたいに聞こえる。
どうしよう、どうしよう。ごめんなさい。
焦って、でもどうしたらいいのか分からなくて、出した手すら引っ込められないわたしの前からふと、紙袋の重みが消えた。
「もらっていいの?」
下げた頭の上から降ってきた声。いつも、電車の中でこっそりと聞いていたあの声が、わたしに向かってかけられている。
驚くのよりも早く顔を上げると、いつもは友だちと笑い合っているあの笑顔が、わたしの目を見ていた。
あぁ、なんて眩しいんだろう。キラキラと星が舞っているのが見えるみたい。
こんなに近くで、わたしを見てくれてるんだ。信じられない。
「チョコレート?」
「は、はいっ。あの、受け取って、くれますか……?」
うっかり返事をするのも忘れて見とれていたけれど、重ねて尋ねられ、ようやく我に返って慌てて返事をする。そのときにはまた、恥ずかしくて彼の顔を見れずに俯いてしまったけれど、次に聞こえた言葉に地面を見る目も口も、大きく開いていった。
「もちろん。……ねぇ、俺たち、付き合おっか?」
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