5人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
「私は、昨日あの診療所に赴任したばかりで、全員の名前を知らず、マサルという人もケンジという人もいるのか、分かりません」
「もういいのです。来なくなった人のことは問いません」
司祭が、来なくなった青年医師の話をする度に落胆しているので、今度会ったら苦情を申し立てて欲しいとか言われたとき用に、マキは予防線を張ったのだが、あっさりと肩透かしを食らった。
「そうですか。だったら、私も来週から来なくてもいいのですね?」
「では、あなたも患者を見捨てるのですね?」
冗談で言ったのだが、医療放棄の無責任ぶりにチクッと心臓が痛くなったところへ、司祭の言葉で冷水を浴びせられた気分のマキは、言葉を失った。
――今朝方、この人と約束した。『患者は見捨てない』と。
――なのに、軽はずみで言ってしまった無責任な言葉。
診療所へ、いの一番に来て、部屋を間違えて入ったら、突然の耳鳴り。
目の前で、空気中に波紋が生じて、猫の顔をした白い祭服姿の聖職者が現れ、跪いて頭を垂れた。
多くの患者が治療を待っている。だから、助けて欲しい、と。
分からないことは助手が手伝ってくれるから大丈夫、と。
――でも、その助手は、妖精だったけど。
最初のコメントを投稿しよう!