異世界で臨時診療所を引き継ぎました ~でも、専門外の診療ばかりで、自慢の腕を振るうことが出来ません~

8/18
前へ
/18ページ
次へ
「今度は、ちゃんとやんなさいよ」  ベルの言葉を背に受けて、マキは司祭と一緒に、空気中に出現した波紋の中へ入る。不快な耳鳴りがしたかと思うと、景色が一変して、診療所の部屋の中へ戻った。 「では、また来週。ここでお待ちしております」  胸に両手を当てて軽くお辞儀をした司祭は、背を向けて異世界へ戻ろうとする。マキは、右手を伸ばして「あのー」と呼び止めた。 「何でしょう?」  頭だけ振り返った司祭が、マキを見つめる。 「本当に、あなたの言ったとおり、あちらの世界では半日くらい経っても、こちらの世界では5分しか経過しないのですね」 「ええ。不思議でしょう? 教えてくれたのは――」 「ケンジさんですよね?」  マキは、もう一度、丸時計に視線を向けた。  最初、勤務先の仕事を放棄する訳にはいかないので、申し出を断ろうとした時に、司祭が説明した「異世界で時間の流れが違う」という話は、正直、半信半疑だったのだ。でも、前任者が経験した、という言葉を信じて、正解だった。これなら、職場に迷惑をかけない。休憩時間みたいなものだから。 「確認して良いでしょうか?」 「何でしょう?」 「また来週って、今日は木曜日です。今度も木曜日に来れば良いのでしょうか?」 「いいえ。こちらの世界で言う火曜日に来てください」 「火曜日はこの診療所の定休日で、開いていないですが」 「この部屋への入り方を教えます」 「え?」  司祭がマキの方を向いて、診療所への侵入の仕方を伝授した。 「そんな事が出来るのですか!?」 「ケンジが話していましたので、出来ると思います。彼は毎週同じ日――こちらの世界の火曜日――に来ていましたから」  話し終えた司祭が背を向けると、マキがまた呼び止めた。 「まだ何か?」 「いつも火曜日にゲートを開くあなたが、なぜ、今日――木曜日にゲートを開いたのですか?」 「単純な理由です。風邪を引いて寝込んでしまいましたから」 「ああ、なるほど」 「そのお陰で、あなたに出会えて良かったですが」  そう言って、司祭は微笑んだ。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加