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「今度は、ちゃんとやんなさいよ」
ベルの言葉を背に受けて、マキは司祭と一緒に、空気中に出現した波紋の中へ入る。不快な耳鳴りがしたかと思うと、景色が一変して、診療所の部屋の中へ戻った。
「では、また来週。ここでお待ちしております」
胸に両手を当てて軽くお辞儀をした司祭は、背を向けて異世界へ戻ろうとする。マキは、右手を伸ばして「あのー」と呼び止めた。
「何でしょう?」
頭だけ振り返った司祭が、マキを見つめる。
「本当に、あなたの言ったとおり、あちらの世界では半日くらい経っても、こちらの世界では5分しか経過しないのですね」
「ええ。不思議でしょう? 教えてくれたのは――」
「ケンジさんですよね?」
マキは、もう一度、丸時計に視線を向けた。
最初、勤務先の仕事を放棄する訳にはいかないので、申し出を断ろうとした時に、司祭が説明した「異世界で時間の流れが違う」という話は、正直、半信半疑だったのだ。でも、前任者が経験した、という言葉を信じて、正解だった。これなら、職場に迷惑をかけない。休憩時間みたいなものだから。
「確認して良いでしょうか?」
「何でしょう?」
「また来週って、今日は木曜日です。今度も木曜日に来れば良いのでしょうか?」
「いいえ。こちらの世界で言う火曜日に来てください」
「火曜日はこの診療所の定休日で、開いていないですが」
「この部屋への入り方を教えます」
「え?」
司祭がマキの方を向いて、診療所への侵入の仕方を伝授した。
「そんな事が出来るのですか!?」
「ケンジが話していましたので、出来ると思います。彼は毎週同じ日――こちらの世界の火曜日――に来ていましたから」
話し終えた司祭が背を向けると、マキがまた呼び止めた。
「まだ何か?」
「いつも火曜日にゲートを開くあなたが、なぜ、今日――木曜日にゲートを開いたのですか?」
「単純な理由です。風邪を引いて寝込んでしまいましたから」
「ああ、なるほど」
「そのお陰で、あなたに出会えて良かったですが」
そう言って、司祭は微笑んだ。
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