真実への慟哭

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 歌姫の真実を語るは魔王、再誕せし神は耳を傾け受け入れていく。  それは、遥か古の物語。  幻鏡界(げんきょうかい)の神の名は女神アウラ、幻魔界(げんまかい)の神の名はヴェンディード。  生命の輪廻をもとに、世界を創世した二つの存在。  世界も成長していく中で、女神アウラは自分と世界に生きるものを繋ぐ架け橋として、また、自分達神がもしも過ちを犯した時の執行人として、自らの持つ力を割って二つの存在を創り出した。  言葉を創造し生命を育み慈しむ導き手、歌姫ティリス。  そしてもう一人、新たな可能性を切り開き、生命を高みへと導く存在、剣姫レイ。   停滞し飽和しかけていた世界は、二人の存在により再び巡り始める。  神の言葉を歌姫が届け導き、そこに新たな可能性を剣姫が切り開く。  神は生命の輪廻に集中し、世界の創造と破壊の繰り返しは歌姫と剣姫が担い、二つの世界は成り立ち、共存し、さらなる成長を遂げていく、はずだった。  玉座に座るアマトに抱かれ、ルリエは語り部たる魔王に全てを委ねながら、己の力で遥か古の出来事を垣間見る。    荒れ狂う海と裂ける大地、割れた天から覗く別の大地。黒き太陽を背に紺碧の髪の女神アウラが、白き竜の姿となり世界に悲鳴にも似た叫びを響かせる。 「何故……生命はこうも過ちを繰り返す……? どうして、殺し合う……?」  創造の果てに生まれたもの。人という存在が、幾度も闘争を繰り返す事に嘆き悲しんだ事によるもの。  歌姫と剣姫がどれだけ人を導き、アウラの意思を伝えても、利己的なる殺戮を繰り返し、憎悪し、欲望のままに他の命どころか同じ人ですら弄ぶ。  幾度創造と破壊を繰り返しても、同じ結果しかない事にアウラは絶望しその身を竜へと変え怒り狂う。  白き竜アウラが放つ白き威光は全てを無に返し、生命の輪廻を断ち切り、己を含む全てを滅ぼさんとしていた。  魔王ヴェンディードと、歌姫ティリス、剣姫レイは荒ぶる神となったアウラを止めるべく戦いを挑んだ。    だが絶望から全ての抹殺を望んだアウラの力は強大そのもの。三神を相手にしても互角に戦い、長引く程に世界は破滅に向かっていき崩壊寸前となる程に。  やがて魔王ヴェンディードと歌姫ティリスが傷つき倒れ、最後まで剣姫が抗う。  そして、アウラが絶望から全てを滅ぼす力を生み出したように、剣姫もまた、母たる女神への思いから全てを断つ力を得て、それをもって、女神を討ったという。  荒神となったアウラは消滅、剣姫は荒神を打ち倒した勇者、戦乙女としてより認知され、歌姫と共にこの世界の為に尽くそうとした、という。 ーー 「だが……女神が滅んで平穏無事になったわけじゃない、全てを滅ぼす力と全てを断つ力……そのぶつかり合いの余波で、二つの世界の理が壊れてしまったからな」  ルリエをそっと撫でながらアマトは囁き、彼女の身体に尻尾を絡ませ先端で頬を撫で続ける。  この世界の神話、遥か古の物語、そして、歌姫と剣姫、戦乙女の物語。  誰も知り得ない事実が戸惑う心を強引に埋めていく。少しずつルリエは落ち着き身じろぐも、アマトは離さず翼を広げルリエを抱き続ける。 「では……私は女神アウラの生まれ変わり? どうして歌姫の力を持っている? 歌姫と剣姫はどうなった? お前は、ヴェンディードなのか?」 「一度に質問するな……一つずつ、答えてやる」  逸る気持ちが強くなる。自分が何者なのか、神話の中の物語にはまだ続きがあるのか? 歌姫、そして戦乙女の事も、知りたくてたまらない。  現実逃避するように、あるいは拠り所を求めルリエはアマトの色香に身を委ね、応える魔王との蜜月の中、さらなる事実を、紐解いていく。 「まず、俺はヴェンディードではない。ヴェンディードから記憶を引き継いだ二代目魔王といったところだ」  幻魔界(げんまかい)の神ヴェンディードが作り出したという眷属達、その一体がアマトであり、ヴェンディードの指名を受けて跡を引き継いだという。  代替わりが行われたのは今から五百年前。ちょうど、ルリエが過去見で出会った歌姫フェイの時代だ。 「ヴェンディードはどうなった? 健在なのか? 消えたのか?」 「質問を増やすなルリエ……時間はまだある、焦らなくていい」  両手と、翼と、尻尾に加えて足でも身体を抱かれるルリエだが、アマトのそれには抵抗せず受け入れてしまう。  甘美なる快楽に逃げてしまいたいから、同じ神だからかはわからないが、惹かれて、アマトの求めに応えたくなる心と、拒絶したい思いとが混在して、少しずつ冷静さも取り戻せてるのは確かだ。  アマトは女神アウラと剣姫レイの力のぶつかり合い、その余波について語ってくれた。曰く、それが全てに繋がる根源と。 「まず、女神アウラは完全に消滅し……本来なら二度と復活する事もなかった。剣姫が手に入れた力は全てを断つ力……その力で葬られた者は神であろうと輪廻から外れ、完全に消滅する……が、どういう訳かお前がこうしているあたり、理が壊れた影響はあるな」  次に、再三出てくる理というものについてアマトは話し始める。  曰く、神は滅び去っても魂だけは残り、時間をかけて復活する。あるいは記憶と力を託して後継者を神とする、それが理。  だが、全てを滅ぼそうとする女神の力と、本来は新たな可能性を切り開く剣姫の力のぶつかり合いは理に亀裂を入れ、歪ませた。 「魂もろとも女神アウラは消えた事で幻鏡界(げんきょうかい)に神はいなくなった、だが半身というべき歌姫と剣姫が健在であったから……生命の輪廻に関しては問題なく行えた。存在しているだけで、輪廻はひとまず巡るからな」  ルリエを愛で続けるアマトはさらに語る。女神アウラが消えた事もあり、歌姫と剣姫が実質的な神の立場になったという。  歪んだ理の影響で、現在は歌姫が不完全な形で転生を繰り返す。それが、等間隔で生まれる歌姫の真実。  同時に一度壊れた理を戻すには女神と歌姫と剣姫、分けられた力を再び一つに合わせねばならないという。 「なら……剣姫は何処にいる? 歌姫と同じように生まれ変わっているのか?」  歌姫が表に出てるだけで剣姫もまた何処かにいる、ならば探し出して一つとなれば神の残した課題は終わる。  と、ルリエを抱いていたアマトは翼を開き、尻尾と足とを離すと肩を掴んでやや離すと、目を合わせると細め何かを感じ取りつつ、それから目を閉じ鼻で笑い、まだ早いな、と漏らしてからルリエを軽く突き放す。 「俺が話せるのはここまでだな」  ここまで、という点にルリエは即座に脅してでも聞こうとしたが、立ち上がったアマトに首を掴まれて絞め上げられ、苦悶する中で彼の言葉が耳に入る。 「語るにしても今のお前では理解できまい……まだまだお前には足りないものが多すぎる、力以上に、思いというのものがなさすぎる。過去見の力というのは、人の言葉を使うところの温故知新の力……まずは学んで来い」  アマトがゆっくりと下ろして首を離すとすぐにルリエは手を払い、咳き込みながら距離を開けて睨みつける。  力以上に足りないものがある、思いというのものがない、そして、過去見の力が温故知新。  過去を知り新しきを作るものと、伝えられた。 (だが……その通りだな)  レオナ、フェイ、二人の歌姫との邂逅を経て、そして、己の過去を知って強くなる意味を取り戻し、未来に繫ぐと思えた。  聖域に歌姫の記憶が眠るならば、あと二箇所で何かを得られるのは確かな事。  アマトが語らなかった真実にもたどり着ける、そしてここまでずっと、自分を思い続けてくれた人の事も。
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