混沌を切り裂いて

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 自己の判断を委ねられた仲間達はどうすべきかを各々で考えつつも、その答えに惑う者も、既に決めてる者も、それぞれ異なる答えを捉えていた。  さて、と言って全員の方に身体を向けるのはヒースだ。  歌姫選定委員会の人間ではないのもあってか、彼の態度は普段と変わらぬ堂々たるもの。 「このヒースは少し考えねばならない為、答えはすぐに出せんな。そして助言も一切するつもりはない」  助言はしないとしつつも、その言葉自体が助言となっているヒースの言葉。  ユーカとアルトは互いを見合ってすぐに目を逸し、しばしの沈黙の後に最初に動くのはレイジだった。 「んじゃ、俺は帰るぞ」  帰る、その言葉に真っ先に反応し、意気揚々と部屋を出ようとする彼の前に立ち塞がるのはアルト。  戸惑いはあれどレイジを睨み、手を強く握りながら心を抑える。 「給料以上の仕事はしたくねぇんだ、どきな」  刹那、アルトの鉄拳が歯を食いしばりながら繰り出されるが、これをレイジも握り止めてグッと押さえ込んでそのまま睨み合う。 「私達はここまで力を合わせて協力してきたのに、あなたは簡単に放棄するんですか! 何もあなたは感じないのですか!」 「んな事言われても、こっちも私情で動けねぇだろうがよ。ちっとは考えろよ」  声を荒げるアルトに対しレイジは冷静ながらも、いつになく目つきは鋭く緊張感を強めた。  父娘の対立。それにはユーカは間に入り仲裁するかを迷うが、その前にアルトが見損ないましたと諦めたように言って道を開け、目をレイジからそらす。 「もうあなたを父とは思いません、お好きにどうぞ」 「……そうかよ、じゃあな」  気を鎮めつつもアルトの怒りは静かに燃え、レイジは知ってか知らずか開いた道を進み、一人、部屋を出て行く。  彼が出てからアルトが歯を食いしばり、近くにあった椅子を蹴り飛ばし、壁に穴を開けてしまう。 「あ、アルトさん! お、落ち着いて……」 「落ち着いてなんてっ……! くそっ!」  行き場のない怒りを何処にぶつければいいのかわからない、アルト自身もそれはわかっている。  同じように不安を誰かに話したくてもそれができないユーカもまた、静かに心に影を落とす。 (私はルリエ様に尽くしたい……でも……)  もしも、と、ユーカは自分の親兄妹の事を思い、胸が締めつけられる心地になる。  自分はともかく、何の関係もない家族が巻き込まれるのは耐えられない。それはアルトとて同様。  少しだけ落ち着き、母の事を考え胸に手を当て強く握り締めた。 (母さん……アルトはどうすれば……?)  二人の乙女の迷いに、ヒースは何も言わず目を閉じ小さく息をつく。  一人先立って離脱し、城を後にしたレイジもまたため息をついて空を見上げながらゆっくり進み行き、アルトの言葉が何度も身体を反響してるのを感じていた。 「汚れ役は、いつだって大人の役目ってな。わかってても、流石にキツイな……」  各々がそれぞれの思いを悩む。  各々がそれぞれの為に考える。  アマトとの話をつけたルリエもまた、自分が下した判断を思い悩む。  これから歩む事になる己の道に仲間を巻き込みたくないと、思えるようになっていた。 ーー  漆黒の空が晴れて月が射し込み、魔王の居城がその時だけは禍々しさを潜める。  仲間達がそれぞれに用意された部屋で休む中、ルリエはルリと同室でありすやすやと眠るルリをそっと撫でて微笑む。  穏やかな寝顔を見て小さく息をついて窓の方へ移動し、月を見上げ考え始めるのは己の事。 (女神、か……)  少しずつ整理がついていく。少しずつ、自覚して受け入れながら、考え、悩み、前へと繋ぐ。  宿泊のそれを訊ねた際に、ルリエはアマトに女神である己の事をいくつか聞き出せた。  完全に消滅してから再誕した理由は不明、そうした経緯もあり記憶と力は受け継がれてはいないと。  そして、今はまだ神としての力は充分に使えず、人の域を超えない事。  ルリの中にあった歌姫の力を取り込み、そのせいか魔力が増大してる感覚はある。  だが、自分が求めるものは手に入らない。  何を差し出しても、届かない。 (ノゾミ……私は、あなたに何もしてやれないのか……?)  目を閉じ俯くルリエは、ノゾミの延命ができないのかとアマトに懇願をした時を思い返す。  その言葉に目を細め、頬杖をついたままアマトが発したのは残酷なる言葉。 ーーあれの死は変えられない。  曰く、封印されている間に力が完全に癒着し、能力を一時的には封じられても切り離せないという。   また、切り離したとしても既に不治の病化してる為、死は免れないと。  女神の力ならば可能性はあるとしても、ルリエのその力はまだ未覚醒。その時までノゾミが生きている事は、ない。 (強さ……力……それでも、守れないものがある……救えない、のか……)   今の自分の強さは、力の大きさは確かなものになりつつある。だがそれでもノゾミを救う事はできない。  強くなりたいと渇望して、誰かを守りたいと思い出せたのに守りたいと思う相手を救えない事実に、胸が苦しくなる。  何より、ノゾミに対して自分が抱くこの思いが何なのか言い表せない事が何よりも辛く、苦しく、悲しいと。 (……リオンなら、どうしただろうか?)  ふと浮かぶ、先代歌姫リオンの存在。ノゾミと深く関わった彼女ならば、とも考えたが、自分は過去見の力を自由に使えない為、彼女との邂逅は叶わない。  心が迷い続ける、心が締めつけられる、心が痛い。以前は何もなかった故に感じることがなかった事が、色鮮やかなものとなり宿っている。  良くも悪くもそれは多くを与える、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも。  それが心であり、心があるから守りたいと願えると。 (……考えても駄目、だな)  髪を留める帯を解き、ルリエは自分のベッドに身体を横たわらせる。  今は考えても答えがでない、前に進むしかない。眠り目覚めれば明日は来る、仲間達がいないかもしれない、明日が。    
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