混沌を切り裂いて

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 暁の時を揺らすは業火の轟き。  早くに目覚めても、剣がないので鍛錬はできない。  暗い部屋で横たわらせるルリエは開いた目を閉じ、しばしの眠りにつこうとした、その刹那。  闇の帳をぶち破るかの如く城が震え、響き渡る轟音に覚醒を強要されルリエは飛び起き、同じく目を見開き耳をピンと立てるルリの傍へ駆け寄った。 「大丈夫だ、怖がらなくていい」  まずは抱き着いてくるルリの不安を取り除き、ルリエは周囲に気を張り警戒を強める。  敵の襲撃、というには立ちこめる殺意がなさすぎる。何が起きたのかはわからないが轟音の発生源が城の中心近く、玉座の間のあたりなのは勘で分かり、ルリを伴い部屋を出て廊下に躍り出る。 (……焼ける臭いが微かにするな)  焦げ臭さが微かに暗闇の中に漂い、ルリエはルリの手を繋ぎ共に廊下を駆けていく。  途中ノゾミとユーカ、アルトと合流し急ぎ駆けつけるのは玉座の間の前。  扉が完全に吹き飛び中が見え、黒煙が溢れ視界を塞いでいる。  行こう、とルリエが先頭にゆっくりと黒煙の中を突き進み、やがて何かが足に触れて立ち止まり目を見開く。 「っ……ヒース!?」  それはヒースであった。身体中を引き裂かれ血を流し、結く白髪も解けて白波の如く広がって満身創痍の身体を横たわらせながらも、ルリエの声に目を向ける。 「眠りを妨げたようだ……すまんな、歌姫様」 「水魔の涙よ奏でて詠え、バイユ・デル・バルド!」  弱々しくもヒースの言葉には誇り高きものがあり、ルリエはそれに応えるように手を彼にかざすと、青き水が現出してヒースを包み込んで傷を癒やしていく。  やがて水が弾け飛んでヒースが全快すると静かに目の前にやって来たアマトにルリエは目を向け、そして鋭く睨んだ。 「アマト、何のつもりだ?」 「起きたかルリエ、今日も美しいな」  ほくそ笑むアマトに舌打ちでルリエは応え、アマトの激しい露出の服が焼け落ちほぼ裸な事や、微かに黒く焦げた肌などからおおよその事態を把握する。  と、同時にルリエの傍らに来たノゾミらもアマトの姿を捉えるも、赤面しすぐに背を向けたノゾミにアマトはクスクスと笑みを浮かべた。 「やはり人間というのは、特に男というのは女の裸には弱いらしいな。もっとも、この俺に性別などないがな」  そう言って指を鳴らすと一瞬でアマトの姿が変わり、黒の外套を纏う灰髪の青年へとなりルリエも小さくため息をつく。  そして起き上がったヒースが自分の髪の乱れを直し、懐から細い髪留めを取り出して低い位置で髪を留め、アマトと顔を合わせ話を切り出し始める。 「で、どうなのだ? この天才の腕を認めるか?」 「デモンの息子というだけはあるのは認めよう、ルリエとの蜜月には程遠いが……強い奴は嫌いではない、認めてやろう」  魔王相手に堂々たる態度を見せたヒースが口元に笑みを見せ、アマトもまた目を閉じながら同じ笑みを浮かべる。  何やら約束を取り付けたらしいが、それがわからないのでルリエは舌打ちし、ヒースを後ろから蹴り飛ばしノゾミらを驚かせた。 「話が分からない、さっさと言え」 「そう焦るなルリエ、朝から激しい奴だ」 「お前に名前を呼ばれるのも不愉快だ」  舌打ち混じりにルリエはアマトに答え、やがて蹴られた場所を抑えながら振り返るヒースが、何故アマトに牙を剥いたのかを静かに語り始める。 「上級統治者(ルーマス)は、伝令用に大陸間を行き来できる大型伝竜(でんりゅう)を飼っている……それを借りるべく、力を示したのだ」  何故? とルリエが訊ねると、ヒースは一度ユーカとアルトに目を向け、ルリエと目を合わせ直す。 「シノノメ嬢とカインズ嬢の近親者、及び関わりが深い者の警護を上級統治者(ルーマス)に頼みに行く為だ。それができれば、二人の憂いは消えるからな」  ユーカとアルトを憂いを消す、その言葉にはルリエはやや目を細めながらも、彼の判断に少し驚く。  仮にユーカとアルトがついてきたとしても、家族が人質とされれば動きを封じられるのは明白。押し通したとしても、対価は大きいものだろう。  家族を失う辛さというのは、ルリエも理解はできる。それを防ぐ為に、ヒースはアマトに挑むという無謀な事をした。  自身が一人の統治者(ルーマス)としての矜持、というものなのかもしれない。   ーー  ディアボロス家の居城アーリマンの裏側の庭にて、漆黒の翼を広げ待機するは白き顔を持つ大型伝竜(でんりゅう)ティアマト。  本来は手紙や小包程度の物資運搬の為の伝竜(でんりゅう)だが、大型の種類となれば一人二人乗せて飛ぶ事が可能であり海をも越えて飛ぶ。  ヒースが前に行ってティアマトの猛き青の瞳と目を合わせ、そして何かを感じたティアマトが姿勢を低くすると、躊躇わずにその背にヒースは乗り込む。  ルリエ達はそれを見送りつつふと、ノゾミの肩に乗るクーレニアが小さく唸り、ティアマトはそれに対し目を細めると、クーレニアが翼をばたつかせたのでノゾミはすぐに抱えて嗜めた。 「だめだよクー、君には君にしかできないことがあるからね」 「くー! くーっ!!」  いつになく暴れ回るクーレニア、どうやら、同じ伝竜(でんりゅう)としてティアマトに嫉妬してるらしい。  見兼ねたため息をついてクーレニアの頭を指で小突き、静かにしろ、と一言告げるとクーレニアは大人しくなり、身体を丸めノゾミに抱かれる。 「ヒース、これを持っていけ。アリス様にはそれで協力を取り付けさせればいい」  そう言ってルリエがヒースに投げ渡すのは書簡である。僅かな時間でルリエが手紙を書いたらしく、東大陸の上級統治者(ルーマス)ミズノエ家当主アリスの説得のためのものらしい。  感謝する、とルリエに答えたヒースはティアマトの首を軽く叩いて立たせ、離陸を促す。 「ヒースさん! あのっ……」 「礼には及ばんぞシノノメ嬢、このヒースは出来得る事は全てやるだけということ……内側の憂いは魔法使い殿が引き受けたからな」  感謝を述べようとするユーカにヒースは堂々と答え、そして、魔法使いことレイジの事を口にすると、アルトが目を開き一歩前に進み出た。 「レイジさんが?」  あぁ、とだけヒースは答えると、ティアマトが翼を羽ばたいて身体を浮かせ、そのまま一気にヒースを乗せて漆黒の空へと飛翔する。  その姿を見送りつつ、アルトは、レイジが一人先立って離脱したのが彼の言う所の給料以上の仕事はしない、というのが方便と気付かされ、見抜けなかった己を恥じて歯を食いしばった。 「父さん……っ!」  いつだってそうだった。本心を殺して密かに身を呈するのが自分の父親。  そんなアルトの肩にルリエは手を置き、振り向く彼女に頷いてから後ろに佇むアマトに目を向ける。  と、ルリエはここに来る途中、アマトが何やらマリアから受け取ったものがあり、それが手に握られているのが気になっていた。  城の雰囲気には似つかわしくない純白で、清らかさが感じられる布に巻かれた細長いものだ。  不意にアマトはそれを投げ、すかさず手で掴むと布越しながらも、ルリエはその感触に懐かしさがあった。 「これは……どうして……」 「いいから確認しろ」  それはここにあるはずのないもの。  アマトに促されたルリエは、静かに布を取ってルリに渡し、姿を現した薄紫に金を施した鞘とそれに収まる白い翼を象る持ち手の剣を、東大陸でアマトに折られ、ノゾミが修理を依頼していた自分の剣を見つめた。 「北大陸のイブから手紙と共に送りつけられた、城に来てるであろうルリエに渡せとな」  ノゾミ達がアマトに視線を向ける中、ルリエは静かにその剣を鞘から抜いて青き光を帯びる白銀の刃の剣を、しっかりと手に持ちまっすぐ構えた。  完全に修理が完了どころか以前にはなかった神々しさと、美しさと強さが伝わってくる。  まさに、神剣と呼ぶに相応しい存在感を示しルリエも口を開けてしまうほどだ。 「イブの手紙にはこうも書かれていた、その剣の名は神剣クレアーレ……初代歌姫ティリスがもつ、誓いを意味する名を与えたとな」 「神剣クレアーレ……誓いの、剣……」  何故かその名前に懐かしさが感じられた。  神としての自覚が芽生えたからなのか、神に纏わる話を聞いたからか、あるいは別のもの。  いずれにせよ、剣が時を経て再び自分の手に戻ったのは紛れもない事実。  また、北大陸上級統治者(ルーマス)がどうして自分がここにいるとわかり、何故修理が終わった剣を送ってきたのか、疑問が浮かぶ。  だが今は神剣を鞘に収めて腰に携え、再び剣を手に戦える事に、未来を切り開く力を得た事に、感謝を深く懐いた。    
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