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ディアボロス家の居城を旅立ち、ルリエ達が目指すは城より北東にあるこの大陸の聖域・冥府の火焔道。
海に近いその場所は地下洞窟とそこを流れる溶岩洞であり、聖域の中で最も危険とされる場所。城から徒歩で二日程の位置にあるそこへ、断崖地帯を通りながら進み行く。
整備もされていない天然の断崖は起伏や足下の滑りやすさに注意を払えば問題なく進め、やがて海沿いとなり、潮風と波の音がここまでの疲れを少しだけ癒やしてくれる。
断崖近くに空いた洞穴にて休息を取り、ルリエは冥府の火焔道に行ったことがあるノゾミから聖域についての詳細を聞き、ユーカらと共に耳を傾けていた。
「あの場所は舞台に近いほどに灼熱地獄となります。ですが聖域の主である神獣ハデスに力を示せば、その炎を和らげてくれます……つまり、ハデスと相対するのがそこの試練となります」
ハデスの名前はルリエも耳にしたことがある。万物を灰に帰すといわれる火炎竜、冥府の火焔道は生死の境界線とも言われ、年に数度のみ生者が死者へ鎮魂の祈りを捧ぐ為に通れるとも聞いている。
強大な力を持つ神獣と戦う。力を示すだけでいいとはいえ、レイジとヒースが不在で、ノゾミが万全でないとなると戦力的に不安は大きい。
加えて、ルリエは亜人の少女ルリをアマトに預けず連れてきている。多少魔法が使えるらしいが、微々たるものでしかないし何故連れてきたのかはノゾミ達も気になっていた。
「ルリエ様、どうして、その子を?」
やや言い難そうに愛竜マリィを撫でながらアルトが訊ねると、岩に座りルリに甘えさせるルリエは、私の家につれていく、と答えルリの頭を撫でてやる。
「ルリエ様の、実家ですか?」
「あぁ、実家のあるレイナの街は亜人も住んでいるからな。それに、あんなスケベな魔王にルリを安心して預けられるわけがない、この子の教育上最悪でしかない」
北大陸エイブ南東部のレイナの街。ルリエの父リアン・ガーネットが統治するその場所は、世界的に見ても珍しく人と亜人とが共存共栄している場所。
ルリエの言葉を使うならば、アマトに預けるとルリの教育上悪影響があるのは必至。多少、ルリエ個人の意見も含まれてるが、ユーカとアルトはうんうんと頷き納得できてしまう。
ルリもルリエに懐いてるのもあり、無理に引き離すよりは良いのだろう。
と、ノゾミが苦笑しつつ思っていると、何かの気配を察知して立ち上がり、ルリエもまたルリを後ろに立ち上がって剣を抜く。
「皆、急ぐぞ」
凛とするルリエの言葉に全員が頷いて応え、休息を切り上げ先を急ぐ。
敵が近づいている、明らかな敵意、忍び寄るは襲撃者か、狂信者か。
ーー
冥府の火焔道から少し離れたなだらかな岸壁にて、鼻歌混じりに何やら準備を進めるのは武器商人シャルル。
移動式店舗兼工房の屋根の上には、藍色ツインテールの髪の小悪魔的な衣装を着る少女ネームが座り、足をぶらつかせていた。
「ねーねーシャルルー、これから歌姫様と遊ぶんだよねー?」
無邪気な問いかけにんー、と考えながらシャルルは言葉を選び、ネームにニコニコと微笑みながら答えを口にする。
「今回は少し違いますねぇ〜、まぁ、ドブネズミ以下のクソ共を掃除するのは〜、私は楽しいからいいんですけどねぇ〜」
そう語りながら黒い大きな鞄を背負い、巨大な刃を持つ斧を持ち上げ肩に担ぐと、ネームも降り立ち両手を上げて指先から伸びる糸を操り、近くに伏していた重厚な見た目の鎧騎士に見立てた人形二体を立たせた。
「さて〜行きましょうか〜、しゅっぱ〜つ!」
「おーっ!」
元気よく手を掲げて遠足気分で二人が向かうは冥府の火焔道、彼らとは別に既にその近くに待ち受けるは黄色い裾の黒ローブの集団。
海沿いの岸壁にぽっかりと空いたすり鉢状の縦穴、冥府の火焔道の入口。
横一列に並び立つのは新興宗教団体オルタージの信者達。皆同じ服を着て同じ黒の仮面で顔を隠し、浅葱色の槍を手にする人物が前に出て佇み、やって来たルリエ達と相対する。
同時に背後から現れるのは、後ろから近づいていた銀髪の男と小豆色の髪の女が率いる別働隊。前後合わせて、二百か三百か、かなりの数がいる。
挟み込まれた形となりつつルリエとアルトは前に、ノゾミとユーカは後ろ背中合わせになるように立ち、それぞれが臨戦態勢となって開戦を待つ。
「ふふふ、お待ちしていましたよ歌姫様」
槍を手にする女性が割れた仮面の口元から笑みを見せるも、ルリエは剣の切っ先を向けて応えつつ、疑念が確証となり静かに口を開く。
「仮面をとったらどうだ、ライアー・ネメシス」
その名を口にすると、浅葱色の髪の女性はクスクス笑いながら仮面を取り去り、紫と赤の左右異なる色の目を持つ細目を晒し、歌姫選定委員会本部長ライアー・ネメシスその人と明かす。
「そこの英雄に聞いたのね? ま、いいけれど……あら?」
ため息に混じりにそう漏らすライアーの目が、ルリエに隠れるルリに向けられ、刹那、鬼のような形相となったと共に周囲の空気が張り詰め、凍え始めた。
「どうしてルリエが亜人と一緒なの? 人類に劣るゴミ以下の存在が……!」
強い語気が幼い少女には刺さりすぎるとし、ルリエはルリが完全に自分の後ろになるように位置を直し、ライアーから守る意思を示してさらに彼女の怒りを誘う。
「離れなさいルリエ! そんなものは……」
「黙れ」
一瞬、全てが氷結した心地であった。
ルリエの発したただの一言、オルタージの面々に向けた明確な殺意。それは彼らの闘争心を瞬間冷凍し、戦慄させるほど鋭く、冷たく、冷徹そのもの。
一方で、ノゾミ達はルリエの強い言葉に奮い起つ。凛々しく勇ましく、弱き者を虐げようとする者に対して堂々たるその姿は、剣を手に道を切り開く歌姫ルリエそのものだ。
「立ち塞がるなら何者だろうと切り伏せるまでだ。退くなら退け」
凛然と言い切るルリエの強い眼差し。
紅き目が煌めき、美しくも冷徹な強さを秘めた眼差しは相手を萎縮させる。
だが、それを受けてライアーは肩を揺らし、やがて俯くと天を仰ぎ狂喜の声を上げた。
「素晴らしいわルリエ! やはりあなたこそワタシ達オルタージの象徴となり、人類の担い手に相応しいわ!」
胸の高鳴り、早くなる息遣い、理想の存在、だからこそ心の底から欲する。
拒絶の意思を示したつもりが、ライアーは舌なめずりしてより欲を深めたとルリエは感じ入り、ため息をついて一度剣を下げた。
「ノゾミ、ユーカ、アルト……第三十代歌姫ルリエ・クレスティア・ガーネットが命ずる」
改まった物言いにノゾミ達は少し驚きつつも、彼女の心が自然と理解でき、何なりと、と、自然と同じ言葉を述べて歌姫の命を待つ。
「道を切り開くぞ。死ぬ事は許さない、私達は生きて前に進む!」
凛とし勇ましき指示は、歌姫の護り手達の士気を爆発させる熱気を巻き起こす。
声を揃えて三人は、それぞれがルリエに答え足に力を込めた。
「わかりました!」
「はい!」
「承知しました!」
対するオルタージ側もライアーが槍を掲げ臨戦態勢へ、そして振り下ろされると共に一斉に飛び出し火蓋が切って落とされた、かに見えた。
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