歌姫の蜜月

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 魔王アマトとの戦いを終えて、ルリエ達の旅は再開する。  次の目的地は、この西大陸ハーカの上級統治者(ルーマス)ディアボロス家の居城アーリマン。   本来はルリエの力を試し、それから転送陣で城へ移動しルリの身柄を受け取るという計画だったらしいが、転送陣が戦いの余波で壊れた為、歩いて目指す事になる。  だが、ルリエは剣を折られ服もボロボロ、そして新興宗教団体オルタージの強襲の件で物資不足という状況。  そこで一度ネビロスの港まで引き返し、備えをしっかりしてから改めて向かうのを決めた。  夜の時間。ネビロスの港の宿に泊まり、ルリエは一人温泉に浸かり目を閉じる。  二十日かけて南から西の大陸へ、そしてその後は水浴びをした程度。久々の風呂というのもあり、長旅の疲れが取れていく感覚が全身を突き抜けていく。 (良い湯、だな)  白濁の湯に湯浴み着を纏い髪を解いて肩まで浸かり、一人というのもあってルリエは身体を伸ばす。  本来はルリやユーカ、アルトと入ろうと思っていたが、港にたどり着く前に急に眠気がきて寝てしまったので叶わなかった。  最近は意識が飛ぶ事が多い。長旅の疲れといいたいが、そうではない要因があるのはルリエが一番よくわかっている。 (私は私だ、私はルリエ……ルリエ・クレスティア・ガーネット……それで、いいはずなんだ)  俯きながら自分の名を心に復唱し、激闘の後に告げられたアマトの言葉を受け入れとも、拒絶とも、どちらもつかず迷う心を安定させようとする。  戦いの中でアマトとは交わり、ノゾミとは違うそれに酔い痴れる自分を認識させられた。  それが余計に自分の心を迷わせていて、同時に心落ち着いてる自分も存在し、さらなる混沌を呼び込む。 (……のぼせてしまうな)  考え込む前にルリエは湯を出て髪を軽く搾り、脱衣所へ。身体を拭いて、備えつきの白い浴衣に着替え、布を髪に巻いて部屋へと向かう。  土の壁に軋む床材。部屋の扉は申し訳程度にあるのみの簡素すぎる造りの宿。と、自室に入る前に何処かへ行こうとしたノゾミと鉢合わせ、何も言わずに見つめ合う。 「何処へ行くつもりだ、私の許可なく離れるなと言ったはずだ」 「えっと……すみません」  苦笑するノゾミを細くした眼差しで捉え、ふぅとため息をついてから少し待っていろ、と言って彼を待たせ、急ぎ部屋へと戻ると寝てるルリやユーカ達を起こさぬように、自分の服に着替え始める。 (全く……どうしてこんな時に……!)  時間がある時にノゾミとは話したいと思っていたが、こうも機会が急に来ると苛立ってしまう。  繊維合金製の下地を着て丈の短い男着を履き、上着はユーカが手直ししてくれた黒の下地纏うも腕のそれは面倒としつけず、師クレアが残してくれたマントを羽織り、カメオブローチで止めてから髪に巻く布をとって魔力で髪の水分を氷結させる。 (よし……これでいい)  髪を軽く手で靡かせると氷の粒が飛散して溶けて消え、そして帯で結ぶのも考えたが、どうせ後でまた解くと思いカチューシャをつけて部屋を飛び出す。  部屋の外で待っていたノゾミに案内されルリエが連れて来られたのは、ネビロスの港近くの高台の上。  港の全体図に広大な海、そして夜空に浮かぶ月全てを一望できる夜風吹く場所。  ルリエはノゾミが口を開く前に彼の前にやって来ると、間髪入れずに身を寄せそのままグッと押し込もうとする。 「っ、駄目ですよ……」 「どうせここも、リオンと来た場所なんだろう。わかっている」  歯を軽く食いしばるルリエをノゾミは抱き締めかけたが、その手を肩に置くに留めて彼女の言葉を噛み締める。  確かに、この場所は先代歌姫リオンと来た場所。一人夜に飛び出した彼女を探して見つけ出し、眺めがいいからと言ってリオンは微笑み、共にここから景色を眺めていた。  無意識にリオンの面影を追ってしまっている事にノゾミは気付かされ、ルリエを苛立たせていたのを感じ入り、ごめんなさいと一言詫びて抱擁する。 「別にいい、話すのも……久々だからな」 「ルリエ様……」 「呼び捨てで構わない、二人の時くらい……そうしてくれ」  いつになくルリエの声が優しく、ノゾミは彼女の温もりを感じながら高鳴る鼓動を鎮めようと心を静かに、いや、無理と思い、彼女を抱き締め続けた。  ルリエもまた多くの悩みはあれど、彼を求め続ける自分の思いに素直に従って月の下で、静かに唇を重ね合う。  歌姫としてではなく、ただ一人の女性としてノゾミという人物と、思いを重ねる為に。 ーー  高台に座り、ルリエはノゾミに身を寄せ目を閉じる。  心が落ち着く感覚、剣を交えてなくても伝わる気がする感覚、だが、なんと言えばいいのかわからない。  ノゾミはその答えを持ちつつも、ついた手を握る彼女の求めが心を乱すの感じ、静かに、思いにフタをしようと己を律する。 「駄目、ですよ。そんなに……」 「ずっとルリの面倒を見ていたからな。あなたと剣を合わせていないから飢えてるんだ……その剣も、今はないが、な……」  剣は破棄したが、それでも平気でいられる事にルリエ自身驚きがある。  剣がなくてもノゾミと交われる感覚、温もりと鼓動を感じ、この時が永遠であってほしいと願ってしまう。  彼と、ずっと、いたい。  何かを話したくても、ただ寄り添う合うだけで心地良くて時間が過ぎてしまう。  それでも何かを話さねばとルリエは悩んでいると、月を見上げるノゾミの方から、口を開いてくれた。 「ルリエが、アマトと戦っている時……正直、嫉妬していました。ルリエとアマトが、愛し合ってるように見えて……悔しくて、奪いたくて、仕方なかった」  魔王と歌姫の蜜月、妖艶なる二人が愛し合うように切り結び、交わるように。  その様に心を奪われながらも、何故自分ではないのかと激しく嫉妬していた。  そんな本音を吐露すると、ルリエはぐいっとノゾミを押し倒して両手首を抑え込み、妖艶に微笑むと再び口づけをして、名残惜しそうにゆっくり離れ目を合わす。 「そんな事を思っていたのか? 英雄のくせに……」 「俺も男、ですからね。ルリエの事は、女性として見てます……」  顔をそらしノゾミは気を鎮めようとするも、蠱惑的なルリエの眼差しが至近距離となるとら息を呑む程に心が乱される。  自分を嘲笑する事すら快楽と思えるほどにルリエは妖しく、美しく、禁忌の果実とわかっていても、ノゾミは、彼女の求めるままに口づけを繰り返す。  何度も何度も、互いの心を満たすように貪り合って、抱き締め合って、静かに語り合う。 「ルリエ……これからも、あなたを護り続けていたい。この命の限り……」 「私も、あなたといたい……あなたの身体も心も、何もかも私だけのもの……リオンにも、渡したくない」 「ルリエ……それは……」 「……今はそういう言い方しかできない、私は、不器用だから」  互いの思いが重なり、確かなものとなるのを二人は感じながらもルリエは、彼への思いをなんと言えばいいかわからず苦しむ。 (愛……というものか? 私に……あるのか……? 愛とは、なんだ?)  誰かを愛する事ができるのかと、ルリエは考えながらノゾミに身を寄せ続ける。  今はまだわからない、が、この思いが愛というものであるとわかっただけ、気持ちは軽くなれた。 「……ルリエ、そろそろ戻らないと」 「歌姫として命令する、時間の許す限りこのままでいろ。あなたも、飢えてるなら今のうちに満たせ」  愛してくれ、とはまだルリエは言えなかった。まだ意味がよくわかっていない、そのまま繋げていいのかと考えてしまった。  ならばせめて、と、深く、深く、口づけを交わし、時間の許す限り、重ね合わせた。
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