歌姫の蜜月

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 ルリエとノゾミの蜜月。それに気づかぬ程、仲間達も愚かではない。  ルリエが飛び出した後の部屋にて、慌てて脱がれた浴衣を畳むのは浴衣姿のユーカ。  微笑みながら作業を進めていき、それを、同じく浴衣姿のアルトが見守っていた。 「ルリエ様は、やはりノゾミが好きなのか……いやしかし……」 「いいと思いますよー、私達が黙ってればいいんですし……」  ややそわそわしているアルトとは対象的に、ユーカは落ち着いており、月明かりの中でルリエの服や道具類の整理整頓を終える。  そして思い浮かべるのは旅の合間のルリエの姿。最初から彼女はノゾミの事をやたらと気にしていて、彼だけは常に意識していた。  ノゾミも、そんなルリエに応えて話相手になり、剣を交えて常に気遣い命をかけて護り続けている。惹かれ合うのも、必然なのかもしれない。  ふと、ユーカはとある事が気になり、アルトの方に振り返ってある事を訊ねた。 「そういえばアルトさん、昔の歌姫様って結婚した人いるんでしょうか? ほら、恋愛だめですよーって、巡礼旅の間だけですし」  そういえば、と、アルトは興味で調べた歌姫についての記録を思い返す。  護衛に参加した理由の一つがルリエに興味をもったこと。魔物の調査と研究が専門の自分には役回りは来ないと思っていたものの、少しでもルリエを知れたらと調べた形だ。 「私が以前調べたものにはないな。そもそも委員会に旅の後の歌姫の記録自体がないから……」 「そうなんですか……歌姫様って、わからないこと多いですからねぇ……」  何よりも高き場所に君臨する巫女、それが歌姫。その生涯が語られていないのは神聖さ故なのかもしれない。 ーー  女性陣二人がそんな事を話す中で、同じ話題を話すのは別室のレイジとヒースの二人だ。  燭台に火を灯した薄暗い部屋の中で、小さな小瓶に入った酒を片手に椅子に座っている。 「あえて記録をとってねぇ、って可能性だな。ま、元々ウチの組織はきな臭い所あるからな」 「選定委員会に属する者の言葉とは思えないな、だがその通りかもしれん」  レイジに答えながら酒を一口飲み、ヒースは消えかける蝋燭に変わって掌に炎を出現させ、中空に浮かせて明かりとする。  歌姫の記録があえてされていない可能性。さらにヒースが話した事は、これまでの出来事にも関わる事柄であった。 「選定委員会に何やら不穏な影があるというのは、親父殿を始めとする歴代上級統治者(ルーマス)が調べようとしていたこと……もっとも、西と北に関してはわからんが」  不穏な影、という言葉にレイジが目を細めて何が思い、酒瓶を机に置いてふぅと息を吐き椅子に深く座り直す。  脳裏に浮かぶものを話すか否か、いや、話すべきと判断すると見抜いたようにヒースがある可能性について、鋭く触れ始めた。 「歌姫選定委員会は新興宗教団体オルタージと通じている、と言いたいのだろう?」 「お前……どうしてそう思う? 確固たる証拠もないだろうよ?」 「とぼけるな風雷の魔法使い殿、貴殿とて気づいてるだろう?」    目を細め冷静な意見を述べたレイジに、ヒースは腕を組み胸を張って堂々たる態度で返し、深く息を吐いてレイジはその言葉を受け入れる姿勢を示した。  歌姫選定委員会と新興宗教団体の関わり。その根拠とするものを、レイジはいくつか述べ始めた。 「ノゾミを襲った奴の一人が、かつて魔物調査研究部門に所属してたダート・リフレインって奴なのは確かだな。使ってた植物に憶えがある」  レイジが明かすのはオルタージの一人である植物使いの存在ダート・リフレインについてだ。  十年ほど前に魔物調査研究部門に属し、魔物駆除の効率化を目的として人工的に食人植物を作り出した。  しかし制御できずに多数の死者を出した事で死罪が確定、人工植物のその研究内容も抹消された人物。  面識はなかったが事件の影響で調査研究部門の風当たりは冷たくなり、結果給料が下がったのでレイジはバジリスク避けを開発し、部門の建て直しに追われたという。 「こちらも過去に逮捕して委員会に引き渡した犯罪者、ロゼという女を確認済みだ。間違いなく、手引きした者がいると言えるな」  ヒースが語ったのはもう一人のオルタージの構成員について。小豆色の髪を持つ異形の鈍器を扱う女ロゼの素性。  殺人狂という言葉をそのまま人にしたようなロゼは、南大陸の歴史上最悪の殺人鬼と言われた人物、  幾人もの人間を無差別に殺し歩き、そして数年前にヒースと彼の父デモン率いる私兵がようやく捕らえ、その処分について委員会に身柄を引き渡し即刻死刑となった。 「刑には親父殿も立ち会いはしたが……戻って来た親父殿が腑に落ちない様子だったのを覚えている……前回に対峙した時のあの感じは、ロゼ本人に間違いないと断言しよう」 「犯罪者を他の団体に押しつけたのか、あるいは……だな。そうなると、本部の特色も合点がいきそうだ」  話が歌姫選定委員会本部へと進む。組織の長たる本部長と幹部、彼らが認めた実力者のみが許された組織内の上層に位置する者達。  待遇の良さなどもあり、委員会にとっては誉れある場所。同時に、歌姫の護衛を果たせば実力ある者と認められ、本部への所属も許される。 「今の本部長はライアー・ネメシス、だったな……仮に歌姫選定委員会とオルタージが通じ合っていたとして、本部長が知らぬ存ぜぬというのはないな」  あぁ、とヒースの言葉にレイジは答え、酒を飲み干して空瓶を机に置いて息を深く吐く。  死刑などの重罰の場合は本部長の審査を行い、執行には立ち会う事が義務付けられている。  いや、と、レイジは恐るべき可能性があると感じて口を手で隠し、ヒースもふと浮かんだ可能性に目を細め、互いに同じ考えに行き着いたのを察し同時にため息をつく。 「ったく面倒くせぇな……こりゃ厄介だぞ……」 「賽は振られている以上変えることはできないが、我々の役目が変わらないのも事実だろう。ま……この天才が歴史の節目に名を刻めると思うとしよう」  可能性が確信へと変わり行く、まだ歌姫は知らぬもの。あるいは、感じつつも胸秘めて甘美な時を過ごしているのか。
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