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甘美なる時を邪魔するのは、いつだって己を不快にさせる者達。
どれだけノゾミを貪ったかわからない程に、甘美なる時に心身を委ねたルリエは満たされ、それでも尚、彼を求めようとする。
「ルリエ、これ以上は……流石に……」
「我慢できるか。まだまだ、足りない……!」
火照った体が貪欲に彼を求め、血沸き肉躍る感覚が息遣いを荒くし心が快楽を求める。
流石のノゾミも妖艶なるルリエのそれには危機感を募らせ、力で強引に引き離し何とか立ち上がって距離を取り、座り込むルリエも舌打ちして立ち、渋々深呼吸をし心を鎮めた。
「凄く良かったぞノゾミ。剣があれば、このまま切り合いたかったが……」
妖しく、美しく、蠱惑的に微笑むルリエにノゾミは頬を赤くする。
同時に彼女がここまで情熱的で血の通う思いを秘めている事、懐いている事には嬉しさもある。冷徹なだけではない側面は、確かにあるから。
(ルリエは何処でこんな事を覚えたんだ……いかんいかん……)
強引に相手を抑え込んで口づけを幾度もする。麗しき歌姫の誘惑に負けてしまったのは、護衛として失格であると同時に、ある意味では誉れ高いと言えるのかもしれない。
互いの思いを認識できたという意味ではいいのかもしれないが、懸念もある。
まだ彼女は想いを表現できない、その言葉を知らないのだとも確証を得た。
言葉を使わずとも伝わるもの、でもだからこそ、発する事で昇華するのだから。
(今、伝えるしかないかな)
心の高鳴りはまだ強く、ルリエの名を呼んで振り向かせ、深呼吸をしてからノゾミは静かに想いを伝えようとする。
「俺は、君の事を……」
「待てノゾミ」
何かに気づいたルリエの目が細まり、ノゾミも近づく気配に気づいて言葉を止めて振り返った。
一人、二人、十数人もの黒い仮面の集団が月明かりの丘に集り、ノゾミが月光より剣を作り警戒を強めると、ルリエが前に出て腕を組み一団を睨みつける。
「オルタージか……消え失せろ、私はお前らの象徴になるつもりは毛頭ない」
新興宗教団体オルタージの一団。ルリエの言葉に静止こそすれど、袖の下に隠す刃が見え隠れする。
彼らの狙いは歌姫である自分自身、そして、ノゾミの命。この程度の人数ならば突破は容易、そう考えていると小豆色の髪の異形の鈍器を手にする女性、そして銀髪の男を姿を見せた。
「歌姫ルリエ様、我らと来ていただかねば仲間の命は保証しかねる」
淡々と話す銀髪の男の言葉に衝撃が走る。仲間達が危ない、ノゾミは歯を軽く食い縛りつつ身構え、ルリエは判断に躊躇ってしまう。
(嘘か真かはわからない、だが……)
離れているので確認は取れないが、彼らの活動内容から真だった場合が恐ろしいだろう。加えてここは亜人住まう地、仲間だけでなく罪無き亜人達も巻き込む可能性はある。
以前なら人質など取られようが知ったことではないと言い切り、この場を力で突破しただろうが今はそれができない。する訳には、いかない。
「……ノゾミ、剣を引け」
「ですが……」
「命令だ」
凛としつつも、ルリエの心に悔しさがあるのを察したノゾミは指示に従い、剣を消して手を下ろす。
そしてルリエは何も言わずにゆっくりと進み、その身に魔力を滾らせるも銀髪の男に見切られてしまう。
「余計な事は致しませんように、何かあれば仲間の命はありません」
「下衆がっ……!」
これ程に人間とは下劣なのか、己の目的の為ならばと、ルリエは手を強く握りながらオルタージの面々に囲まれ、そして、ノゾミの前には小豆色の髪の女性が立ちはだかりニヤリと笑みを浮かべる。
「んジャ、こっちの男はブッ殺しね」
その言葉にルリエは振り返って止めようとするも、その前に腕を捕まれ口を抑えられてしまう。
それにノゾミが剣を作ろうとするが、ルリエを人質に取られてるとなると、何があるかわからない。仲間達も無事ではすまない。
「……ルリエ様と、他の仲間の安全は保証してくれ。俺は、どうなっても構わない」
(ノゾミ……!)
了承した、と銀髪の男は答え、ノゾミは全身の力を抜いて佇み無防備を晒す。
ルリエは身じろいで抵抗するも完全に拘束されてるのもあり、ノゾミを守れない事を、自分が無力な事を呪い、彼の死を見届けてしまう現実を、強く恨んだ。
そんな迫る死を破るのは、意外な存在。
誰かが不敵に笑みを浮かべた気がした刹那、ルリエを拘束してたオルタージの信者達が血を流して蹴散らされ、その強襲に銀髪の男と小豆色の髪の女が動きを一瞬止め、脱したルリエは考えるよりも先に詠唱に入った。
「水魔の涙よ奏でて詠え! バイユ・ジス・レギス!」
天に向かって水の竜が地より湧き出て敵を喰らい、噛み砕きながら放り捨てていく。
銀髪の男と小豆色の髪の女はすぐに飛び退いたので避けられたが、敵の多数を蹴散らしノゾミもすぐに駆け寄って手を伸ばし、ルリエも応えて手掴み彼に抱き寄せられる。
「ノゾミ!」
「無事です……それより……」
ルリエに答えたノゾミは、自分達の前に立つ二つの影を捉えた。
手に木製の棒を持って肩を叩き、袖のない黒い服を着た筋肉質のバンダナを巻く男。
そして、赤い鱗を持つ身体を黒き鎧で固めた勇ましき竜人の姿。
「けっ、なんで俺様がブッ殺してぇ奴を助ける羽目になんだよ。しかも熱血竜人野郎と組む羽目にもなるし最悪だぜ」
「任務の都合だ、文句を言うな」
「バルテット!? それに……ハーキュリーも!?」
大きくため息と共に悪態をつくのはバルテット、そしてノゾミ達の方に目を向けながら答え頷くのは竜人ハーキュリー、ルリエの命を狙う組織ディスラプターの二人であった。
予想外の助けにルリエとノゾミもだが、オルタージ側も驚きを隠せず、やや後退りし一触即発となる。
「バルテットにハーキュリー・ノヴァ……ディスラプターが何故歌姫を助ける?」
「人質などという姑息な手を使う輩に答える道理はない! 貴様らは我らが相手をするまでの事!」
銀髪の男に威風堂々と答えたハーキュリーは背負っていた竜の顔を彫った盾を手に持ち、襲い来る小豆色の髪の女が振り下ろす鈍器を防ぎ止めて見せた。
何故ディスラプターが自分達を助けるのか。
ルリエとノゾミが同じ事を考え止まっていると、舌打ちしたバルテットが二人に面倒そうに言い放つ。
「ったく見てねぇでさっさと行けよ、こいつらの次はお前らをぶっ殺す」
一応は味方、ということらしい。それがわかっただけ良しとし、ノゾミに促されたルリエは彼に頷いて応え、破れた包囲を走り抜けていく。
当然、これを阻止せんと銀髪の男が手に植物の球を持つが、バルテットが背後から棒を振り下ろして来たので球で防ぎ止め、そのまま鍔迫り合う。
「犯罪者如きが……!」
「てめぇらに言われても説得力ねぇな!」
互いに激情を込めた言葉を交わして距離を取り合い、そして対峙し互いの仲間と並び立つ。
「歌姫サマに逃げられチッタ……ドウスル? ドウする?」
「追跡したくとも奴等を背に逃げるのは困難。我等の障害となる者は消すまでの事」
「ッハハ! ミナごろみなごろ皆殺しっ!」
男の言葉に口が裂けんばかりに口元を歪めた女は狂喜し、男もまた自身の周囲より生やすは牙を持つ紅き花の群。
「おいクソ竜人、男の方は引き受けてやるよ。その方がてめぇはやれるだろ」
「お前に気遣われるとはな……まぁいい、やるぞ!」
バルテットに答えたハーキュリーが己を鼓舞するように尻尾で地面を叩き、それを合図に歌姫を狙う者同士、共食いの如き戦いが始まる。
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