歌姫の蜜月

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 敵の敵は味方、その言葉が偽りでないと彼らは知る。  ネビロスの港の宿にいたアルト達は、その廊下にて巨大な刃を持つ斧を下ろす彼女を捉えた。 「皆さんこんばんは〜」 「シャルル・メイム!? これは……」  月明かりの薄暗い中でニコニコ微笑むのは武器商人シャルルその人。周囲の床や天井にはべっとりと血がついており、文字通り真っ二つにされたオルタージの信者達の無残な姿があった。  敵の気配を察してアルトらは身支度し、そしていざ戦おうとした時にはこの状況。  やや警戒しつつアルトは眠るルリを背負って前に進み、ユーカと共にレイジらと合流する。 「……助けてくれたのか?」 「そうですよぉ〜、そういうお仕事ですぅ〜」  戦慄的な状況で気が抜けるシャルルの穏やかな口調にアルト達は困惑しつつ、そして、彼女がディスラプターの任務として来たのを察し、訊ねようとすると踵を返したシャルルがこちらへ、と出口の方へと一行を誘う。 「どうしますレイジさん? 罠かもしれませんが……」  判断を仰ぐアルトに、レイジは行くしかねぇなとあっさり答えて歩き進み、やや驚きつつもアルト、ユーカと続き、殿をため息をつくヒースが引き受ける。  ディスラプターが何故自分達を助けるのか、それはわからないが、宿を出てすぐに走って戻って来たルリエとノゾミと合流でき、互いの状況を伝え合う。 「皆さん無事で良かったです」 「ルリエ様達も無事で何よりです。急ぎここを離れますか?」  ノゾミにアルトが答え、ルリエもあぁと彼女に答えて町を離れる事を即決する。  と、ここでヒースが待て、と制止をかけて緊張状態で気持ちが急くのを堰き止めた。 「ここから急いで離れるとして、だ。何故ディスラプターがこの天才達を助ける? 命を狙うのならば、オルタージとの混戦を利用すべき、と考えるが?」  彼の疑問はごもっとも、と、ニコニコと笑みを絶やさぬシャルルにルリエ達の視線が集まる。  命を狙う者同士が相対するのはわかるが、それならば先に目的を果たそうとする方が得策。混乱状態であれば、尚更やりやすい。  その答えをルリエは何となくわかっているが、それを胸に秘め続ける。  ディスラプターの長にして剣の師であるクレアの真意は、少しずつわかってきているから。 「うふふ〜、私はそこまでは知りませんよぉ〜。あくまでも歌姫様を汚そうとするドブネズミの糞以下の連中を〜、ブッ殺してお助けするのが下された命令ですからねぇ〜」  言い様はともかく、シャルルらディスラプターの行動は命令によるものとは彼女の言葉ではっきりした。  疑問は多々あれど助けられたのは事実。そしてさらに、シャルルは自らの移動式店舗兼工房の荷車を引いてくるとそれを展開し、物資提供まですると口にする。 「必要な物は全て取り揃えておきましたよ〜、あ、お支払いは歌姫選定委員会につけておきますねぇ〜」  ここまで親切にされるとかえって怪しいというものだが、ルリエは構わず前に出ると、シャルルとの商談を進め始めた。 「私の新しい剣と装備、食料、その他個別に必要な物を揃えたいが……あるか?」 「もちろんですぅ〜! このシャルル・メイム、お客様のあらゆるご要望にお応えできるようにしていますよぉ!」 「では急ぎ頼む。皆も必要な物を急ぎ伝えろ、準備でき次第すぐに発つ」  ルリエの言葉に迷いはなく、歌姫として、旅の中心として皆を牽引する姿にノゾミ達も自然と従ってしまう。  いや、これが本来歌姫が持つ気質というものなのかもしれないと、レイジらは思い入り、急ぎ必要な物資を揃える事に集中する。  そんな様子を、少し離れた桟橋にて見つめているのはディスラプターのジャンヌ。腕を組み、目を細め、やがて閉じて俯く。 (我々の目的は歌姫の抹殺のはず……クレア様は、何を望む?)  歌姫抹殺が組織の目的であり、ジャンヌもそれは仕えてから聞き及んでいた。そして忠実に従い、戦い、だが、歌姫抹殺とは程遠い命令を今回は下し、以前は殺す機会があったのに見逃した。 (私では、駄目なのですか? 私では、頼りないのですか? クレア様……貴女様は、私を……)  大恩があって従い、主に忠実に尽くし、だがここに来て、心が迷う。  思い悩み、ジャンヌは何かを決意し静かに頷く。今は、任務集中しながらその目は同じく忠実に主に尽くす、ノゾミを捉え見つめていた。 next……
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