真実への慟哭

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 魔王の住まう場所は一切の生命を寄らせぬ冥界への入口。  ディスラプターの助けによりオルタージの魔の手から逃れ、十分な備えも済ませて港町ネビロスを出たルリエ達。  向かう先は西大陸ハーカの東に位置する場所、上級統治者(ルーマス)ディアボロス家の居城アーリマン。ネビロスから五日ほどかけていける場所である。  四日目の昼過ぎ、草木も生えぬ不毛の地にて、行く手を阻む魔物達とルリエ達は戦い道を切り開いていた。 「氷結する祈りよ凍えて詠え! ティリス・ジス・レギス!」  帯で結いた髪をしならせながら凛とし詠唱するはルリエ。  立ち塞がる魔物は黒き骸骨の群れ。武器らしい武器もないが、数がとにかく多く、しかしルリエの放つ魔法が美しくも残酷なる氷の剣山を現出し、敵を全て刺し貫き氷結粉砕に至らせる。  自分の目の前の敵を全て撃破し、ふうと息をつくと、同じく各方向で戦っていた仲間達も戦いを終え、隠れていたルリもルリエの所へと集合。 「皆、無事だな」 「この通り無事だな。歌姫様も剣無しで戦えるようになってきたな」  全員の顔を見合わせ、抱きつくルリを撫でながらルリエはヒースにあぁ、と答え、剣のない腰に目を向け小さく息をつく。  ネビロスの町を発つ際、ディスラプターの一員にして武器商人シャルルのおかげで、旅に必要な物は揃える事ができた。  ルリエも、自身を信奉するシャルルが用意してたという、破れたものと全く同じ服を得る事はでき問題はない。  だが、剣だけはルリエに耐えられるものはなく、手持ちで一番良い剣を一応は受け取ったが昨日、ルリエの魔力に耐え切れずに壊れてしまい破棄した形だ。  ならば魔法で戦えばいいとし、ルリエは魔法のみで魔物の襲撃に対応している。元々魔力は高く、扱いにも長けてるので魔物相手ならば遅れを取るなどない。 「ユーカも防御魔法はかなり良くなったようだな。安心して、背中を預けられる」 「あ、ありがとうございますルリエ様!」  褒められたことに驚きと喜びとで飛び跳ねるユーカの姿に、ルリエも自然と笑みが溢れ仲間達の心も暖かくなった。  魔剣の一件以降のルリエの成長ぶりは目を見張るものがある。仲間達はわかっているがそれでも、驚かれるものばかり。  もちろん、良いものばかりでもないのだが。 「っかし、魔物がホント多いっすね……ここはまだ不毛の地だからいいが、流石に疲れたぜ」 「レイジさんの言う事はごもっとも、ですね。特殊な矢は節約してますが、それでも足りるかどうか……」  ため息をつくレイジに、愛竜マリィから降りるアルトが答えつつ意見を述べ、ルリエもそれにはそうだなと冷静に答え思案する。  魔物の数が確かに多い。この四日の間だけでも、数十回は遭遇し戦ってきた。  なるべく撃破はしてるが、消耗を避ける為に相対せず逃げる判断も必要な程に相対する、何故そこまで現れるかはわからない。 「少し急いだ方がいいかもしれません。魔物との交戦中に敵が絡むと厄介ですからね」 「ノゾミの言うとおり、だな。だが少し休もう、一度全滅させたならしばらく魔物も発生しないからな……疲れは少しでもとっておこう」  沈着冷静に、それでいて明るさもあるルリエ。周囲への気配りも行い、率先して指針を示すようにもなっている。  魔物は一度全滅させれば、同じ場所での再発生に時間がかかる。その間隔がわかれば休む機会として利用できるが、ルリエが休息を提案するのは、まだ慣れないものでやや驚いてしまう。  そんなルリエ自身は少しずつ近づく魔王の居城に緊張を強めるが、表に出さず氷結させ、仲間達との時間を大切に過ごす。  そこで待つ真実、はっきりとわかる刹那までは、心安らかに過ごしたいから。 ーー  終焉を体現せし地に(そび)え立つは魔王の居城。  進む度に黄褐色の大地が黒ずんでいき、やがて闇を思わせる漆黒の平原が広がる世界へ変わる。  黒色の風が吹く度に金切り声のような音が鳴り響く地。西大陸ハーカ東部サタン。  草木も、生命の息吹も、その痕跡もない不毛の地。生命の終焉そのものと言える場所に、かの者が住まう城は静かに座す。  台地に(そび)え立つは暗黒に至極色を併せ持つ石材の城、妖しく明滅する赤き光を発しながら静かに睥睨(へいげい)するかのよう。  見る者の生命吸い取るような、死へと誘うような色香すら感じられるその城の名はアーリマン。西大陸ハーカの唯一の統治者(ルーマス)、ディアボロス家の居城。  おぞましき魔物が彫られた巨大な扉の前にてルリエ達は城を見上げ、その存在感に圧倒されそうになる。 「まるで魔物だな……」  そう漏らすルリエの意見は的確なもの。城というよりは、巨大な一匹の魔物のような存在感を持っている。  幾多もの魔物を倒してきたルリエも戦慄し、彼女以上に倒したノゾミも額に汗を流す。無論、幼いルリに至っては、身体を震わせて頭巾で頭を隠してしまう程に。 「ルリ、大丈夫だ。私がいる」  自分にルリを寄せて優しくルリエは声をかけ、深呼吸をして扉を見つめ直す。 (この奥に、アマトが待っている……ディアボロス家の当主として、そして……)  アマトとの戦いの後に言われたものが心に木霊する。歌姫に、自分に関する出来事の事。  仲間に打ち明ける事ができなかったものがある。  俯きそうになるがルリエは前を見つめ続け深呼吸を繰り返す。  その様子を見てノゾミ達も心を落ち着かせながら、ここでやるべき事を確認し直し、気を引き締める流れとなる。 「ホワイト家に次いで古く、そして西大陸唯一にして絶対的に君臨せしディアボロス家……魔王というのもイマイチ合点が行かぬところがあったが、実際殺され生き返るとなると納得せざるを得ないな」  ため息に混じりにそう話すのはヒース。彼の言葉は、同じくアマトの力で魂を抜かれ再び戻されたユーカも頷き、レイジもまた三角帽子を深くかぶる。  上級統治者(ルーマス)ディアボロス家。北の大陸のホワイト家に次ぐ古さを持つ一方で、その歴史には謎も多く当主が何者かを知る者も限られている。  現在の当主アマトは、通常はサタナスの名を使っており、また姿を自在に変える事から特定されにくいのだろう。 「対の世界の神……レイジさんが昔読んだという古文書のそれも、確かなものかもしれませんね」 「あぁ、世の中何が役に立つかわからねぇとは言うが……ま、昔読んだやつが何処まで本当かまではわからねぇけどな」  愛竜マリィを伏せさせたアルトにレイジが答えつつ、以前に話した内容を思い出す。  この世界、幻鏡界(げんきょうかい)の対世界・幻魔界(げんまかい)の神。それが本当なのは間違いない。  しかし、そうなるとこの世界の神は何処なのか? 消えてしまったのか? いないとするなら何故なのか? 浮かぶ疑問は多々あれど、その答えもアマトは知ってるのだろうと考えつつも、それが判明する事に胸騒ぎがレイジにはあった。 (杞憂ならいいがな……)  そんな彼の胸騒ぎなど仲間達は気づいてはいない。いや、ルリエだけは、似たようなものを感じてる気がして、レイジはチラリと目を向けつつ帽子を深く被り視線を隠す。 「で、では行きますか……?」 「そうだな。ノゾミ、先頭を頼む」  気圧され気味のユーカにルリエが答えて指示を出すとノゾミはわかりました、と普段通りに答えて前に進み扉を両手で押し開け、重々しい音と共に開く先には暗闇の世界があるのみ。  と、完全に開くと共に青白い炎が左右に灯って暗闇を照らし、順次奥へと炎が灯って長廊下を照らし出す。 「仰々しい真似をするものだな……行くぞ」  ため息をついてルリエが中へ進むのを決意し、仲間達と共に城内へと進み行く。 
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