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暗き回廊の先に待つ者は青き歌姫を待ち望む。
延々と長い廊下がひたすらに続き、入口が見えない程となった頃に丁字路となり、正面に扉が再び現れ一行は足を止める。
そして、扉の向こうに感じられる存在感。アマトがいるのは、ルリエにはわかった。
「この先、だな……」
ルリの手をしっかりと繋いでルリエが前に行こうとした時、お待ちを、と左側の闇から声をかけられ目を向けた。
「謁見デキるのは歌姫サマ二人ダケ……他の皆様ハ、待合室ニテお待ちヲ」
静寂の世界にさらなる静寂を呼び込むように済んだ声の女性の声。黒いドレス姿のマリア・リビド・ディアボロスが姿を見せ、闇に溶ける黒髪を揺らしルリエ達に微笑む。
「お前は……マリア、だったか」
「覚えテクダサリ光栄デス。ソレと……ソコの白い帽子のコ、コノ前は美味しいモノをアリガトウ」
ルリエに答えてからマリアはユーカを捉え、スカート裾を摘んでお辞儀をして敬意を示す。
これにはユーカもやや戸惑いつつも深々とお辞儀で返し、ルリエはそのやり取りを見てから仲間達の方へと振り返る。
「皆は待っていてくれ、話をするだけだからすぐ終わる」
「ルリエ様、ですが……」
「心配しなくていい」
何かを思いながら前に出たノゾミにルリエは余裕綽々といった笑みを見せ、彼もそれには言い返せずわかりました、と答えてマリアの案内で仲間達と共に待合室へと向かう。
一行が闇に消えてから、ルリエはふぅと息をつき、ぐいぐいと手を引いてきたルリと顔を合わせ見つめ合う。
「……大丈夫、何かあっても私が守るから」
何となく、ルリがそうじゃないと潤む目で訴えてる気もしたが、ルリエはあえて気づかぬふりをして彼女の手を引いて扉の前へ赴く。
扉の向こうから入れ、とアマトの声が聴こえたかと思うとひとりでに扉が開き、ルリエは気を引き締めルリの手を引き、そこに待ち受けている者と相対する。
「待っていたぞルリエ……もっと近くに来い」
その部屋は床も壁も脈動し、あたかも生きている様相を呈していた。
鼓動のような音が響き、歩く度に軟らかくも押し返す強さを持つ床。
その奥の、血肉と骨とを合わせたような、不気味な見た目の幅広い玉座に、過激な露出をした女性の姿をしたアマトが頬杖をついて待っていた。
「趣味の悪い部屋だな」
「すぐに気にならなくなる……隣に座れ」
「ここでいい、それよりも早く済ませろ」
自分の隣を軽く叩き誘うアマトのそれを一刀両断し、ルリエは凛とし振る舞い話を切り出す。
そんな彼女にアマトはニヤニヤと不敵に笑みを浮かべ、いいだろう、と答えた刹那に姿が消える。
そしてルリエ達の背後に現れるとルリの身体を金の爪を持つ腕で刺し貫き、何かを握りしめて引き抜く。
「ルリッ……!?」
「よく見ろ、殺しちゃいない」
一瞬の出来事にルリエは動揺し、意識を失い倒れたルリを抱える。が、同時にアマトの言葉で乱れた心は落ち着き、身体に一切の傷がないのを確認。
そしてアマトを見上げその左手に握られる青く輝く光の球を見つめ、目を奪われてしまう。
「それが、歌姫の力……?」
あぁ、とアマトが答えると黒い尾でルリエの身体を軽く縛って立たせ、自分に引き寄せると右手で顔に触れて指先で唇に触れて目を細め、睨み返す彼女の態度に、胸が高鳴った。
「そんな目で見るなよ……心が騒ぐ」
「破廉恥魔王に何を言われても説得力がないな」
「確かにその通りだ。いずれにせよ、一つ、済んだぞ」
アマトが尾を離すと共にルリエは突き飛ばそうとするも、その瞬間にはアマトは消えており、再び玉座に鎮座しほくそ笑む。
以前の邂逅にてアマトが話した事の一つ。ルリから歌姫の力を取り出し、彼女をただの亜人の少女とする事。
亜人であるだけでなく歌姫としての力も秘めてるとなると、後々大きな災いを招いてしまう可能性もある。
アマトが提案したそれをルリも承諾済みであり、まずは、その用件が解決した形だ。
そしてもう一つは、目を背けてはならない真実、認めたくない真実。
幼い歌姫ルリの力の結晶とも言える光の球をアマトはルリエに差し出し、ゆっくりと手を伸ばしたルリエが受け取り両手で抱く。
「さて、次はお前だな……早くやれ、消えるぞ」
気絶したルリを不本意ながら床に寝かせたルリエは、手にする青い光の球をじっと見つめそのまま動かなくなり、俯く。
「まだ迷っているのか? それとも、俺の手でその力を入れてやろうか?」
「うるさい黙れ……私の体が、この力を受け入れたら……歌姫の力を受け入れたら、私は……」
身体が微かに震え始める。強気に言い返すが
、その事実を認めざるを得ない瞬間が来た事に、何度も小さく首を横に振り、後退りしてしまう。
「諦めろ、お前は俺の目を見て魂が抜かれなかった……その時点でハッキリしている、お前は……」
アマトが言いかけた刹那、ルリエは意を決して光の球を強く抱き締め、光の球はルリエの身体の中へと入ると、彼女の身体が激しく脈打つ。
「っ……熱い……からだ、が……」
両腕を掴みながら膝をつき、その場で倒れ身体を丸めたルリエは目を瞑り、腕を強く握り締めて苦悶する。
体温が異常といえる程に高く、熱く、何度も脈打つ度に、自分の中の何かが壊れては直りを繰り返す感覚がルリエの意識を遠退かせていく。
(わたし……は……)
ーーわたしは、るりえ……。
(わたしは、うた、ひめ……)
ーーさいごの、うたひめ……。
(わたしは……うた、ひめ……では、ない……)
真っ白な空間の中に自分の体と意識とが対話を繰り返す、自問自答、あるいは、呼び戻されていく記憶。
(ちがう……わたしは、うたひめ……)
ーーわたしはうた、ひめ……では、ない……、うた、ひめ……ではない。
(わたしは……だれ……?)
ーーわたしは……かみ……。
(わたしは……かみ……?)
ーーわたしは……さいたんしたかみ……。
(わたしはるりえ、わたしはかみ……わたしは……わたし、は……)
ゆっくりとルリエは目を開け、蠱惑的に光る紅い目の焦点を合わせ、静かに身体を起こす。
やがて立ち上がって自分の両手を見つめて、俯き、その事実を、受け入れていく。
「私は……再誕した神……この世界の、神……」
ぼんやりする意識の中で淡々とその言葉を口にして、ルリエの思考に心が宿り始める。
目を閉じて何度も首を横に振って、だがしかし否定できないのは、わかっていた。
(私はこの世界の神……女神として、この世界に転生した存在……)
激闘の後にアマトが告げたのは、目を合わせた者が必ず死ぬ力でルリエが死ななかったこと、それを可能とするのは、彼と同じ力を持つ存在。
即ち、神しかいないのだと。
認めたくはない真実が混乱を招き、ルリエは自分の髪を掻き乱し始める。
「私は、私は……何で……どうして……!」
行き場のない感情が部屋を凍結させていく。全てを拒絶し、閉ざし、否定し、氷結させて、粉砕してしまいたいと。
だが、それには至らなかった、ルリと出会った時点で、過去見の力で過去の歌姫と触れた中で何となくわかっていた事だから。自分は、普通ではないと目を背けていた。
「どうして……歌姫に私は選ばれた……歌姫ではないのか……? 私は、私は……」
何を見据えればいいのかわからず、よろめくルリエに対しアマトの態度は凜然とし、そして強く放たれる。
「より正確な事を話してやる為にわざわざ二人になったんだ。女神と魔王、そして歌姫達の事をな」
「女神と魔王に……歌姫、達……?」
アマトの言葉が引っかかった。神と歌姫の関係、そこに、さらに何か別の存在も絡んでいると。
静かに手を伸ばし招くアマトのそれに、ルリエは応えるように手を伸ばしアマトに抱かれる。
何でもいいから今はすがるものが欲しい。だがそれは、自分にとって大切な存在以外でなければ、今は、壊れてしまう気がしていたから。
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