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旅立ちの日に
闇の中、身動き一つ出来ずに正座している。
『お前は魔術など使う必要ない、巫女修行のみやっていればいいのです』
『幼学舎なんぞ行く暇があるならば刀を振りなさい』
祖母の声がこだまのように響き何度も繰り返される。耳を塞ぎたいのに指がピクリともしない。
ーー学舎に通いたいの、お祖母様、お許しください、お願いします。
聞き入れられない願いを思って、涙が溢れ出す。
ーー夢かぁ。
コトノハの隣で末の妹のユズリハが水で花を作り、魔術で空中に浮かばせて色を変えたり、水の花の中に気泡を発生させている。
その花をいくつも作っては、空中に浮かべている。
その花をぼんやりと見ていた。
「ユズちゃん、魔術上手になったね」
ユズリハの魔術を見てモヤッとした仄暗いものが心の中に広がる。
「コトノハお姉様、起きんした、今母様を呼んできんす」
心に広がったほの暗いモノから気を逸らすために話題を変える。
「ふふっその言葉使い廓言葉?今はどんな本を読んでいるの?ユズちゃんはほんと直ぐ影響を受けますね」
「今は『フォラミス花街物語』を読んでいんす」
「ユズちゃんカナエ叔母様の本また無断で読んでいるの」
「コトノハお姉様、内緒にしてくださんし」
「フフッ」
ーーユズちゃんその言葉で直ぐバレてしまうのに。
「お姉様の怪我わちきが治せたら良かったのに、いずれ母様みたいにイのイ位1番の薬術士になりんす」
「うん、ユズちゃんなら大丈夫よ頑張ってくださいね」
後頭部がズキンと痛み、顔を顰めた。
ユズリハは苦痛に歪むコトノハを見て、スッと立ち上がって
「今、直ぐにお母様を呼んできんす」
部屋を出てパタパタと駆けて行ってしまった。
「ユズリハ、走ってはダメ」
うわ言のように呟く。
部屋を見渡すと、コトノハの使っている、境内の巫女屋に運ばれたようだった。
しばらくしてユズリハのトコトコと軽い足音と数人の足音が部屋に近づいて来た。
スーっと障子が開いた。
コトノハは首を動かそうとして後頭部が痛み、顔を顰める。
母が障子を開けその後ろに父、長兄、
ユズリハが長兄の前にいた。
ユズリハは長兄の腰の高さくらいしかない。
スっと父が入ってきてコトノハの布団の横に腰を下ろした。
続いて、兄が父の隣りに座り、
母はコトノハを挟んで父の向かいに腰を下ろし、母の膝の上にユズリハがちょこんと座った。
父が口を開いた。
「大事無いか」
「頭の後ろが痛むくらいで他は大丈夫です」
「そうか、イチジョウ、コトノハを起こしてやりなさい」
「はい、父様」
イチジョウはコトノハの肩に腕を回して起き上がらせた。
父が母に目をやると、母は頷きユズリハを脇に座らせて、コトノハの後頭部に手をかざした。
母は手に魔力を集めると母のウサギ耳の毛が逆立って、コトノハのケガを治した。
コトノハのケガがみるみる治って行った。
「母様、もう大丈夫です」
コトノハが母を見る。母は頷いて返した。
兄も父の隣に戻った。
コトノハのケガが治ると父が口を開いた。
「さて、《ウルスス》様の祠のひとつが破壊されてしまった訳だが、」
コトノハが布団を剥ぎ、父に向き直って、正座し、頭を畳につけた。
「良い、頭をあげよ」
父がそれを直ぐに止めた。
コトノハは何も言わず頭を下げたまま首を振った。
「頭をあげなさい」
コトノハはゆっくり頭を上げた
「申し訳ございませんでした」
「よい、代祠に向かった機転さすがだ、コトノハの名を継ぐにふさわしい」
父が懐から耳飾りを出した。
その耳飾りは、《ウルスス》様から《マリティムス》様に贈られたとされる言い伝えのある耳飾りで壊された代祠の地中深くの石室に安置してあったものだ。
その耳飾りに5つの花弁型の窪みがある
花の形になっていて。実際はその窪みに魔石が入っていたはずだが今はない。
宝物庫に1つと本殿に1つ、魔石が安置されていた。
「お前にはこれから、宝物庫に行き青の魔石とオッソ領主城地下にある黄色の魔石、南の山の下のマギナスホールのダンジョンで緑の魔石と水の神殿に行って黒の魔石を取りに行きなさい」
コトノハは、目を見開いた。
「父様、お社にあった赤の魔石は、どうしたのです」
「うむ、今、赤の魔石は奪われたようだ、昨日ここに戻った時にはすでに」
父が眉間に皺を寄せた。
「すまない、、、。」
コトノハは、首を振った。
「いいえ、父様、父様達はオッソ様の代わりに領民の非難をしなければ、まなりませんでしたし、本来ならコトノハが守らねばなりませんでした」
父がコトノハの肩に手を置いた。
「イヤ、お前の選択は間違っていない、ミツバの助言で別動隊が動いたのだろう」
「ミツバお姉ちゃん」
子供のころに遊んだ2つ年上の遠縁のうさ耳族でオッサ公爵家に仕える一族だ。
5年前までミツバたちの《マリティムス》を祀るアマコク家とは良く交流していたが、今は敵対している。
「お前には悪いが、この耳飾りに4つの魔石を集めてもらいたい、五つ目は所在が分かり次第知らせる。
魔石を探し出す為のタリスマンをお前に授ける。
このタリスマンはマリティムス様からウルスス様に渡されたものとされている、このタリスマンが魔石場所を教えてくれるはずだ、大事にせよ」
父がコトノハの首にタリスマンをかけた。
「お預かり致します」
コトノハは頭を畳につけ頭を下げ、頭を上げて父の顔を見た。
長兄のイチジョウが眉間に皺を寄せて俯いた。
「父上、5年前ベアード王がご逝去なされた後、ウル様によって制定された、‟信仰物を国民に見えるようにせよ”というのはこのことを見越してオッサ公爵家の者が、、、。」
「うむ、おそらくな」
眉間に皺を寄せ、難しい顔で父様が腕を組んで考え込んだ。
ズンと空気が重くなった。
ーーどうしよう空気が重い、話題を変えなくっちゃ。
「父様達はこれからどうなさるのですか」
父は険しい顔になった。
「うむ、ウルスス神を祀る者、
オッソ公爵家とウルスス神様の御力を納めた5つの魔石のうち1つを失ってしまった。
5つの魔石がこの土地にあり力の均衡を保ち、マギナスホールの暴走を今まで抑えてきたが、もう、この土地は時間をかけてゆっくりと魑魅魍魎の住まう土地になるだろう。
そこで我々は、オッソ領民を連れ、
ユーフォレシア大陸、東端の島に移り住むことになる、オッソ様の読み道理になってしまった。
あの島はオッソ様が別荘として島を10年前に購入なされて入植し、稲作が盛んだと聞く。
お前の好きなコメをみんなで作って、暮らして行くことになるだろう、
オッサの連中もドゥーベア島から出れば、追ってはこないはずだ。
そしてお前には魔石を5つ揃え、その島で《ウルスス》様を再興させて欲しいのだ、わかったな、コトノハ」
コトノハは大きく頷いた。
「わかりました、父様。
魔石を集めるまで、みんなの所に戻りません」
コトノハは決意を固めた。
「コトノハこれよりお前はスヴァルピティア、と名乗りなさい。コトノハと知られてはいけない」
スヴァルピティアは頷いた。
「わかりました、が、名が長いので、スヴァルと名乗ります」
「うむわかった、スヴァルならば、行け」
「はい、父様」
スヴァルは立ちあがり、旅の準備をしに部屋を出た。
障子の向こうから母が父を慰める声がする。
ー母さん名前気に入ってもらえなかったー
ーそんなことないわ、ちゃんと一部使ってもらえたじゃない、良かったわねー
ーー父様は母様の前だと頼りなくなるんだから、これがなければ尊敬出来るのに。
でも、新しい場所でも父と母なら領民を支えながらやっていけるだろう。
その日の夜は慎ましいながらも母様がスヴァルの好きな物を沢山作ってくれて、家族で夕飯を食べた。
部屋に戻ってから腰まであった黒い髪をバッサリと肩まで切り脱色し、薄い桃色にする。
ーー髪の色、明るい色にしてみたかったんだ。こんなに短くしたの初めてだったし、でもこの髪色目立っちゃうかなぁ?・・・。まっいいっか。
耳をロップイヤー種に気合いで真似る。
次の日の朝
いつも通り朝のお勤めを終えた後、宝物庫に向かった。
宝物庫の床の組木パズルを解くと上からハシゴが降りてくる。
そのハシゴを上り、2階の真ん中に大きな木箱があり、箱の上部に穴が空いていてそこから50本程の縄が束ねたものが出ていた。
スヴァルは落ち着いて1本の縄を引く、ハズレだ。
ウル山廃吟醸だった。
このウルスス山から湧く水とその水で作ったお米で造られたお酒だ。
その後10回程くじを引いてハズレを次々とデイパックに仕舞っていく
フッと、息をついてもう一本紐を引いた。
サメのぬいぐるみが釣れた。
そのぬいぐるみの口の中に手を突っ込み鍵を取り出した。
1階の組木のパズルを外して出てきた鍵穴に先程の鍵を差し込んだ。
宝物庫からゴロゴロカラカラと音が鳴り出した。
ガコリとハマる音がするとピタリと音が止みガタンガタンと上からハシゴが降りてきた音がした。
2階に上がって降りてきたハシゴを使って3階に登った。
屋根の高い位置にある明り取りからの光しかなく3階は薄暗い。
部屋の中央に鈍く光る木彫り熊の置物がある。
そこに一歩近寄ると青い魔石とスヴァルの耳飾りが共鳴し光り出した。
熊の口に咥えられた鮭の目に嵌め込まれた魔石が、勢いよく飛び出してズヴァルの耳飾りに嵌った。
家に戻り白い大きめのパーカーに着替え、着替え1式とへそくりをデイパックに詰め込み、家を一歩出る。
そこに母とユズリハが立っていた。
「姉様、お帰りをお待ちもうしんす」
スヴァルはユズリハの髪を撫でる。
「行ってきます、いい子にしてるのよ、父様と母様をよろしくお願いしますね」
ユズリハがコクリと頷くと、ポロリと涙を流した。
「母様、父様とイチ兄はどちらにいらっしゃるのですか?」
「お父さんとイチくんは朝早くに家を発って民と新しい島に向かいました。
私とユズリハもこの後ここを発ちます。
スヴァル、母が昔旅をしていた頃に使った魔法のカバンです、沢山の物を持ち歩くことができますし、中に入れたものが悪くならないのよ。
それにカバンに手を触れて欲しいものを思えば取り出せるの、便利でしょ。
コレを使いなさい。
新しい島であなたの帰りを待っていますよ。
あっ後、おにぎりを入れておきましたからね」
母が皮のトランクをにを渡してきた。
「母様、トランクだと手を塞いでしまいますので、ちょっと」
顔を伏せがちに母親を見た。
「まぁ」と母は頬に手を当てて、眉尻を下げた。
母がポンと手を打った。
「ちょっと貸してちょうだい」
母がトランクに付いていた4つのⅮカンにベルトを通して背負える様にして渡した。
「はい、これで大丈夫」
ーーダサい。いやだなぁ。
ニコニコと微笑む母からイヤイヤ受け取って顔を背け肩をがっくりと落とした。
イヤイヤデイパックの物をトランクに移す。
スヴァルの様子を見てクスリと微笑んで母はスヴァルの肩にトランクをかけて、バシンとトランクを叩いた。
母がニッコリと微笑んだ。
「頑張りなさい」
母がスヴァルを抱きしめて、頭を撫でた。
母とユズリハは、心配そうに見送った。
空は町の燃やされた煙で灰色におおわれている。
長い階段を降り一番下まで着くと焦げた臭いが漂ってきた。
悲しそうにオッソの街の方角をチラリと見て、街とは反対の方に向かって一歩踏み出した。
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