僕のペットになってよ

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 この世界は平等に不平等だ。皆が皆、その不平等の中一つしかない平等な命を持って生を、性を生きている。  子供の頃から見て来た現実。金を、権力を持つ者が単純に偉く人の上に立つシンプルな構造。それはバース性と種族の関係が絡んでも覆る事はなかった。金と権力が最後には勝つ。  たとえ、アルファが優位な世界だとしても、金と権力をオメガが持っていれば表向き勝てっこないのだ。しかし、そんなのは特例中の特例で、彼はそんな特例の中でもまさに優勝候補と言ってもいいオメガだった。 「ねぇ、僕のペットになってよ」  夕陽の差し込む廊下、自分よりも一回り以上小さな体で見上げて来る先輩の白い肌にはオレンジ色の影が落ち、妖艶に笑う赤い唇は一層血の色を濃くしていた。  小さな顔の中の琥珀の瞳は、一切の躊躇を許さない。揺るぎない意志を込め真っ直ぐに犬塚ミオを見つめた。  紺色の制服には不釣り合いに映る襟元から覗く赤い首輪は、噛みつかれ防止の為の物。それが猫目サクラをオメガだと視覚させる唯一の物に見える。  堂々とした、強者の風格を感じさせる彼がオメガだと、初見の者では判別がつかないだろう。  蛇に睨まれた蛙とはこの事だと、現実逃避したがっている頭で考える。今考えるべきは。そう、この場から逃げる事。 こんなヤバい事を言う先輩からは逃げの一手しかないのに、ミオの足はその場に根を張ったように動かなかった。 「犬塚ミオ、聞いているのか?」  甘い声は苛立ちを隠そうともしない。でも、そんな苛立ちすら溶かす程に声音は糖度が高くて、ミオは頭を振りその声を耳から追い出そうとした。  だけど、声は振り落とせてもその存在からは微かに甘い匂いが漂っていて、ミオの鼻を擽る。 「ミオ」 「……す、すみません!!失礼します!!!!」  ミオはそれだけ言うと、脱兎のごとく廊下を走り去り、突き当りの階段へと逃げた。  獣人、それも犬族だけあって足が速いと感心しながら学生服姿の先輩、猫目サクラは目を細め見えなくなったミオに向かいふふっと笑った。  首元の赤い首輪に指を這わせ、首輪正面の小さなリボンに着いたダイヤの飾りを弄ぶ。 「猫は狩猟動物なんだよ」  喉の奥でくつくつと嗤い、軽い足取りでミオが向かった方角とは反対へと廊下を進んだ。
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