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何が起こったのか分からず、ミオは全速力で寮へと戻って来た。
自室は一人部屋。寮を使う者自体が少ないので、全て一人部屋となっていた。
キレイに整頓された部屋は、勉強机、本棚と衣服の入ったクローゼット、ほとんど何も掛かっていないハンガーラック、窓際にはベッドが置かれている。
ベッドに近寄り、ばふっと背中からダイブして天井に向かい、ミオは大きな溜息を吐き出した。
「はぁぁぁ…………」
この私立桃園学園は広大な敷地の中、学び舎の他に生徒達の寮も完備されていた。
スポーツ推薦で入学をしてきたミオは寮で生活しているが、ほとんどの生徒は自宅から送迎車付きで登校している。
一般家庭で平凡に育ってきたミオにとって、毎朝見る校舎前の車寄せに並ぶ高級車達はいつ見ても慣れない光景だった。
ミオは野球部に所属している。獣人の筋力は人間の倍以上あるのでチーム編成に獣人は規定人数までしか入れない。もしくは獣人だけのチーム編成の場合と二通りある。
大会によりそのチーム分けは違うが、ミオはまだ1年なので正規の大会には出た事がなかった。練習試合も人間との混成チームの補欠出場がほとんどだ。
練習後、教室に忘れ物を取りに行った帰り、廊下で呼び止められたのがつい先程の出来事。
話すのは初めてだったけれど、あの先輩が誰かは知っていた。というかこの桃園学園で知らない者はいないだろう。
超が付く程金持ちである猫目家の嫡男、猫目サクラの事を。
猫目家は江戸時代から続く日本でも有数な資産家である。
江戸の頃は両替商を生業とし、戦中は武器製造の重産業を興し、鉄道業もその後加わる。今では金融、鉄道、建設といった分野以外でもホテルや百貨店、飲食チェーンの経営まで幅広く展開している大企業だ。
そんな大企業の嫡子、猫目サクラは学園一の美人と言っても過言ではなかった。
艶やかな黒髪は肩まであり、陶器のような白い肌、小さい顔の中には印象的な琥珀色の相貌。小さな赤い唇は甘い声を囁き、誰をも虜にする。
全体的に小さくはあるが、華奢という訳ではない。猫族でも父方が獅子の血を引くだけありすらりとしたスレンダーな体ながらもしなやかな筋肉が付いている……らしい。全部聞いた話なので詳しくは知らないけど。
普通オメガといえばひ弱なイメージだけど、猫目サクラは愛くるしい見た目だが、弱いとは思えなかった。
なんで先輩はオレを「ペット」にしたいなんて言ったのだろう。分からない。
逃げて来たのは失礼だったかな……。
でも、初対面で「ペットになって」などと言ってくるのは頭がおかしいとしか思えない。
多分、揶揄われたのだろうけれど……。
犬塚ミオはバース性ではアルファだ。
この学園に通うのは男女共に裕福な家庭の者が多い。というか、入学金も授業料も馬鹿高いのでそういった家庭の子息子女でしか入学出来ない。それ以外ではミオみたいな推薦枠を使い入学する者もいるが、そのほとんどはアルファだった。
そして、権力者や資産家の多くが有能なアルファ。なので、必然とこの学園はアルファの割合が高い。この世界ではアルファの人口は人類の数%と言われているのにだ。
アルファもだが、オメガも同様に数%しかいない。資産家でオメガなんてほとんど聞かないし、もしいたとしても家の恥として隠されて生きる事を強いられる、それがアルファ優位のこの世の常。
だからこそ、猫目サクラは異端であった。
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