ヒカリ

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 ひかりは光輝いていた。なんてことを言おうものなら、それは陳腐なジョークにしか聞こえないが、少なくとも僕の目には、彼女は光って見えた。  僕が初めてひかりと出会ったのは、高校生になったばかりの頃だったと思う。高校時代に過剰な期待を抱いている全てのお馬鹿な男子高校生と同じように、入学式の日にこれから三年間過ごすことになる高校の正門を潜った瞬間から、僕はこの高校にかわいい女の子がいないかどうかを、目を皿のようにしてチェックしていた。当時はまだ、人生に対して希望しか持っていなかった頃であり、10代後半の三年間をいかに過ごすかということが、とても重要なことに思えていたので、それは何よりも重大なことに思われた。今となっては、馬鹿げたことだと分かっているが、充実した学生生活を送りたいという男子学生の妄想であるので、どうかご理解願いたい。  それは特に同学年の女の子たちに注意して向けられていて(正直に言うと、僕だって年上の彼女がいることに憧れていなかったわけではないが、それが実現する可能性は東大に合格するよりも低いであろうと思っていた。要するに自分に自信がなかったのだ)、同じクラスの女の子に対しては尚更だった。  だから、入学早々、僕がやっていたことといえば、女の子の顔を値踏みするようにジロジロと見ていたことだった。もちろん、今は僕もいい年をした大人になっているし、そういった目で女の子を見ることが、大変失礼なことだということはよく分かっている。  でも、その頃の僕は、まだ世の中が自分を中心に回っていると思っていた、ほんのちっぽけなニキビ面の男子高校生に過ぎなかったし、男の子というのは、いつの時代も女の子に比べて、大変遅いスピードで成長するものである。  だから君(この小説を読んでくれている、君のことだ)が、もし女の子で、僕の態度に大いに不満があるのだとしても、出来れば当時の僕を許してやってほしい。  男の子っていうのは、そういうものだ。  幸運にも、ひかりと付き合うようになって以降の僕は、女性の魅力というものを容姿だけで捉えることはなくなった。そしてそれは、僕が高校の制服を着て白昼堂々、教室の蛍光灯の薄明かりの下で品定めをしていたときから、そんなに遠く隔たってはいない。すなわち、僕が女性の魅力について勘違いしていた時間は、人生の極々序盤に限られるのだ。  ひかりは同じクラスにいた。最初、僕は彼女の存在に気づいていなかった。実に、人間というのは、自分が見ようとするものしか見えないものなのだ。  ひかりは、当時の男子高校生的な基準でいっても、一般的な基準でいっても、美人に分類されるほうではないと思う。  顔立ちはむしろ、それに対して嫌悪感を感じる人もいるぐらいではないだろうか。まず目立つのは、顔の真ん中に堂々とついて自己主張をしている赤味がかったダンゴ鼻である。いつも彼女の中心にいて、彼女が歩くたびに、彼女より先に回りの空気を押しのけて道を作ってあげているかのようであった。上唇はツンと突き出しており、薄い下唇の存在感を全て奪っていた。眉毛は太く濃く、その下にある両目はやや離れ気味で、形こそ綺麗なアーモンド型であったが、日本人離れした巨大さがあった。少し青みがかった黒い瞳は、彼女によると外国人の血が混ざっているということだった。  髪の毛はゴワゴワで、10万エーカーの土地に1本だけ植えられたクヌギの木のように四方八方に枝を伸ばしていた。授業中は茶色のリボンで無理矢理押さえつけていたが、はた目にも、抑圧に対して抵抗するリビドーが、今にも溢れんとするさまが見て取れた。僕の髪の毛が、男にしては細くて柔らかいのと対照的だった。  ひどい近眼で、コンタクトレンズを使っていたが、3日に1回は、はめるのを忘れてきた。眼鏡は、中学生の時に買ったという、メタルフレームのものを持ってはいたが、意地でも使おうとしなかったため、よく人の顔を覗き込むように見ていた。  80年代UKテクノポップの信者で、いつも大型のヘッドホンでヒューマンリーグやハワード・ジョーンズといったものを聴いていた。僕も時々聞かされたけど、何回聞いてもMr.Childrenの方がいい曲に思えた。  タロット占いに凝っていて、よく彼女の練習に付き合わされた。そのために、僕は大して関心のない未来のこと(中間テストの結果がどうなるだとか)を、しょっちゅう気にしなくてはいけなかった。未来や将来のことなんてものは、なるようにしかならないし、なったときになったようになるものなのだ。そんなだからか、彼女の占いの的中率がどうだったのか、イマイチ覚えがない。  古着屋で買ったようなくたびれてダボダボになったスカートを履いて、冬になると男物のメルトンのスタジャンを羽織った。  どこからどう見ても、女性的な魅力を感じさせるような女の子ではなかった。  だから、入学から約一カ月が経ち、初めての席替えで彼女が僕の隣の席になったとき、僕は控えめにいって天地がひっくり返るくらいには驚いた。  それは、はたして世の中にこんなに美しい人がいたのだろうか、という驚きではなく、やれやれ、世の中にこんなに生理的に受け付けない顔が存在していたなんて、という驚きでもない。  こんなに目立つ顔をしている女の子に、どうして今まで気付かなかったのだろう、という驚きであった。僕は毎日、目を皿のようにしてクラスの女の子達をチェックしていたはずなのに。おかしなことだが、僕は本当にそのとき初めてひかりの存在に気付いたのである。それとも彼女は、風の又三郎のように、今朝突然教室に現れたのであろうか。  僕は最初、彼女を単なる隣の席にいる人物として見ようとした。彼女は僕が妄想の中で描いていた、充実した高校生活に出てくる登場人物の姿からはかけ離れていたからだ。僕らは肉体的、物理的には非常に近くにいるとしても、それは便宜的に生じているだけであって、スーパーで買い物をしたときに、チーズとリンゴが同じ袋に入れられているようなものだった。あるいは、偶然本棚に隣同士に並べられた『ああ無情』と『罪と罰』の関係に過ぎなかった。どんなに長い間隣にいても、ジャンバルジャンがラスコリニコフに早く出頭するように勧めることはないのだ。  僕らはたまたま、人生のある瞬間に物理的に近い距離にいる。それだけのことだと思っていた。  しかし、それは唐突に破られた。ある5月の、緑の風が吹く午前中だった。2時間目の数学の授業が終わって、10分間のトイレ休憩を挟んだあとで、3時間目の古典の授業が始まる直前だった。 「ねえ、さっきの数学のノートだけど、ちょっと見せてくれないかな。板書を写し漏らしちゃったところがあるのよね。ほら、計算過程の一部が抜けてると、あとで自分で勉強したときに再現するのが大変じゃない?」  ひかりはご丁寧にも、僕の肩をポンとひとつ叩いて話しかけてきた。 「うん。いいよ」  と言った僕の言葉の調子は、相当ぎこちなかったと思う。  僕が数学で使ったノートをひかりに渡すと、すぐに次の授業のチャイムが鳴った。 「ねえ、ノートを貸してくれてありがと。あなたって、ノートを取るのが上手いのね。すっごく書きやすかったよ。あなたに頼んで良かった」  また、ポンと僕の肩を叩いて、ひかりは言った。 「そうかな。別に綺麗に書こうとしてないけど」  正直、僕はそれまで誰かにノートが綺麗だなんて言われたことはなかった。ただ、板書されたことを全て漏らさないように書いていただけだったから、誰かにそんなことを言われるのはすごく意外だった。 「綺麗かどうかは関係ないのよ、ノートって。あたしって、結構今みたいに人にノートを見せてもらうことがあるんだけど、よく綺麗に書き過ぎちゃっているのがあるのよね。カラフルな蛍光ペンなんか何色も使っちゃって。でも、実際、白地のノートに鉛筆と細い蛍光ペンの組み合わせっていうのは読みづらいの。そういうのはパッと見は綺麗かもしれないんだけど、結局印象には残らないのよ。なんだが無味乾燥で血が通っていないみたいに見えるの。あたしだったら、そのノートをもう一度読み返してみたいなんて思わないわ。その点、あなたのノートは、血が通っているというか、書いた人の思考の道順みたいなものが伝わってくるの。ああ、この人、ここでこういう風に考えたんだろうなっていうことが、こっちまでビンビン伝わってくる」  ひかりは、手をヒラヒラさせて僕の肩を何度も叩いてきた。僕にはそれが、水商売の女性が男の気を引こうとしている仕草のように思えた。 「そうかな」 「あたしが読んでみたいのは、そういう、書いた人の頭の中が伝わってくるようなノートなの」 「黒一色だよ」僕は少し照れ臭くなって、何かを誤魔化そうとして言った。 「もし、色をつけた方が読みやすくて頭によく入ってくるって言うんなら、小説はフルカラー刷りで発売しなきゃいけないわよ。あらかじめ登場人物のセリフに赤で線が引いてあってね。小さな文字で『ここ重要』とか書いてあるの。あなた、そんな小説、読みたいと思う?」 「いや、思わないな」 「そうでしょう?絶対売れないわよ、そんな小説。あったとしても読みにくくてしょうがないと思うわ。ノートもそれと一緒で、結局、白地に黒一色で書いてあるのが一番読みやすいの。これ、ほんとよ。まるで小説の主人公に共感するように、ノートの持ち主に共感できるのよ。ここで苦しんでるな、とか、ここは余裕だったんだろうなということがこっちまで伝わってくるのよ」  彼女の意見は斬新で、僕がそれまで常識と思ってきた観念とは相入れないものだったために、受け入れるのに時間がかかった。それに、共感とか面と向かって言われると、照れ臭かった。でも、それよりも、僕は彼女の個性的な顔を、美しいとは言い切れないが、味があるものとして好ましく思っている自分を発見して戸惑っていた。 「で、悪いんだけど、さっきの古典のノートも貸してくれないかな。あたし、数学のノートに夢中になっていたから」  物は言いようである。 「処女作の印象が強いとがっかりさせるかもしれない」  結局その日、一つ授業が終わる度に、僕はひかりに全ての科目のノートを貸してあげた。最後の時間割のノートは、翌日に返ってきた。英語のグラマー用のノートだった。 「これ、ありがとう。すっごくいいノートだったよ」  鼻息荒く、ひかりは僕にノートを返してくれた。 「あなたって、天才よ。写してて、ああ、この人は頭いいんだろうなぁ、と思った」 「君と同じぐらいだと思うよ。一緒の高校に入ったんだから」  僕がそう言うと、ひかりはキャハハハと笑って言った。 「そんなことないわよ。どこの高校だって、最初は同じくらいの学力の人が集まってるけど、必ず差がついてくるものよ。ねえ、それってね、やっぱり分かると思うのよ、最初から。あなたは3年後にもこの学校のトップの方にいると思う。でも、あたしはダメよ。半年後には、落ちこぼれグループの中に入っていると思うな」 「そんなことないさ」  ひかりはまた、ヒラヒラと僕の肩を叩いた。 「そんなことあるってば。あたし、自分の能力については、よく承知しているつもり。親に無理矢理家庭教師付けられて、義務教育までは何とかなったけど、流石に専門的なものは無理。才能ないもん」  僕はどう返していいか分からなかったので、ひかりのよく動くツンとした上唇と、存在感のあるダンゴ鼻を見ていた。 「ねえ、またノート見せてくれるかしら?こんな面白いノートはなかなか無いから。あたしの人生で3本の指に入るノートだわ。学生にしては珍しいかも」  僕はちょっと気になって聞いてみた。 「ふうん。他にも、印象に残るノートは、どんなだったのかな?中学校の担任の先生かなんか?」 「ん、うん。まあね。家庭教師の先生のは、よかったかな」 「その人は、男の先生?」  聞いてみてから、ちょっとしまったと思ったが、思わずそう聞いてしまったのだ。 「あれ?気になっちゃう?」 「そんなことないけど。こういうのは性別による差があるような気がする。女の子の方がカラフルなノートになる傾向がないかな」  ひかりは少し間をとって、左上に何かを探すような素振りを見せてから、次の言葉を続けた。 「ま・あ・ね。確かにそうかな。と言っても、あくまであたしが見た範囲でってことだけど。男の人のノートの方が、血が通っているし、汗臭さを感じるわ。悪い意味でなくてね。あたしが女の子だからっていうこともあるわよね。だからこれは独断と偏見に満ちた調査の結果だけど。男の人のノートの方が、興奮する」  僕はひかりがそんなことを言うのが、すごく意外だった。そのとき、僕は既にひかりをチャーミングだと思い始めていたし、いや、当時を振り返るならば、僕はもう彼女の個性的な顔立ちを美しいと感じていたと思う。  でも、頭の中では、おそらく10人の男子高校生がひかりを見たら10人とも彼女を美しいと判定しないに違いないと考えていたから、彼女のような女の子が、たとえノートという無機質なものであっても、それに興奮するとか、男に対して面と向かって言ってしまうのを見るのは、すごく違和感があった。僕の勝手な意見だが、彼女は色恋ごとに関心が薄いと思っていたし、タイプ的に彼女のような人はそういうものから距離を置くものだと思っていたのだ。  だから僕が、ひかりを特別な存在として意識するようになったのは、すごく自然なことだった。  すぐに僕らは自然な成り行きで付き合うようになった。女の子と付き合ったのは、僕にとって初めての経験だった。僕の中では、戸惑いと興奮が同時に行ったり来たりしていた。  戸惑いというのは、僕はひかりみたいな女の子はまるっきりタイプじゃなかったということだ。僕はそれまで何人かの女の子を好きになったことがある。それはみんな同じクラスの女の子で、クラスの男子全員から憧れられるようなアイドル的な存在の女の子だった。要するに、見た目のかわいい女の子だった。僕は一定期間彼女達に恋をして、熱が冷めると正気に戻り、また新しい子に恋をした。その恋は自分の胸の内から外に出ることはなかった。高校生になったら彼女が欲しいと思っていたけど、自分が妄想の中で思い描く姿は、今まで恋したタイプの女の子ばかりであり、ひかりはそういう女の子達とは、似ても似つかぬタイプだったからだ。  興奮というのは、実際に自分に初めての彼女が出来たという達成感であったり、他の以前の僕のような男子に対する優越感もそうだが、それよりも何よりも、僕はどうしようもなくひかりに心を惹かれていたからだ。僕はひかりと会っていないときには、いつも彼女のことを考えた。自分の生活の隅々までひかりは入り込んできた。朝、歯を磨いているときも、夜、ベッドの中に入ったときも、僕はひかりが隣にいることを想像した。想像の中で、ひかりは笑い、よく喋り、上唇をツンと尖らせ、鼻を膨らませた。僕は彼女の服を脱がせさえした。制服の下の膨らみを自由に変えてみたり、肌の色を赤く染めてみたりした。  好きになった女の子にそういう想像をしたことは今までなかった。そういうことをしてしまえば、穢してしまうように感じていた。でも、ひかりは違っていた。彼女は僕の人生に、生身の体を放り込んできた。綺麗なだけのイメージではない、本物の女の子というものを、僕に教えてくれた。  学校の外で彼女と会い、一緒の時を過ごし、別れた後も、僕は頭の中で彼女との間にあったことを何度も繰り返し、その度に興奮した。何度も幸福の極みに達した。それでも彼女の残像が消えることはなかった。  僕は彼女に夢中だった。彼女に侵されている。そう思ったが、それはひたすら心地が良かった。  そんな調子だったから、時折、彼女が休日に会ってくれない日があると、僕の心は日本海の荒波のように波打った。彼女には色々と忙しい用事が舞い込むようで、僕とのデートばかりに時間を割いていられないようだった。  そんなある日のこと、急にひかりは僕の前から姿を消してしまった。少し前から、その予兆はあった。僕はそれに気づくべきだった。  季節は11月だった。ハロウィンの馬鹿騒ぎが竜巻のように街を通り抜け、気の早いクリスマスの準備が整い始める頃、ひかりは突然いなくなってしまった。  あの頃からもう随分と経っているが、今でも僕は11月になると、訳の分からない怒りと寂しさの入り混じったような気持ちになる。クリスマスの飾り付けを見るたびに、世間の人たちが11月を忘れてしまったのではないかと思って、心が泡立つ。11月はハロウィンとクリスマスに囲まれた何もない月ではないんだ。  といっても、あの頃の僕は、初めてひかりと一緒に過ごすクリスマスのことで心がいっぱいになっていた。まだ11月中だというのに、もう年末のことしか考えていなかった。もう少し目の前のことをきちんと見ていれば、ひかりの変化に気づいたかもしれない。  あの日、僕はひかりに数学のノートを見せるつもりだった。どうせ彼女は授業時間にまともにノートを取っていないし、そろそろ見せてあげないと、彼女の期末テストがやばくなると分かっていたからだ。  それは最初にひかりに見せたノートで、僕の中でも一番自信があるノートだった。もちろんそのときでも、僕はノートを取ることが得意だという自覚があったわけではない。ひかりは毎回喜んでくれたけど、むしろそれは数学の教師のおかげだと言ってよかった。あるとき僕は、その数学の教師の板書が写しやすいことに気づいた。その中年の男性教師は、一見すると無味乾燥な数字と記号の世界を、胸踊る純粋観念の冒険へと変えていた。ちょうどひかりが僕のノートを評したように、僕はいつのまにか観念の世界に入り込み、難題に挑み、偉大なる公式の力を借りて、美しい姫君である最もシンプルな回答を複雑な迷いの森の中から救い出していた。授業が終わってと、軽い興奮の後の穏やかな清涼感を感じていた。ひかりのことすら忘れることもあるくらいだった。  ひかりが学校に来なくなったのと、その数学教師が休むようになったのは、同じ頃だった。二人とも病気で休んでいるということだった。僕は何度もひかりに連絡を取ろうとしたが、出来なかった。メールを送っても、返信はなかった。電話をしてみても、彼女の携帯はいつも電波の届かないところにあった。思い切って自宅にかけてみたら、ひかりの母親と思しき人が出て、彼女は遠くの病院に入院しているということだった。高校生の自分には行けないところだった。  代わりに僕達のクラスの担当になった数学の教師は、若く女の子達から人気のある人物だった。でも、前の教師のようには授業がうまくなかった。僕はそのことを残念に思ったが、ひかりが復帰してきたときのことを思って、出来るだけ彼女が好みそうなノートを作ることを心がけた。  僕は彼女に長文のメールを送ることを思いついた。君と連絡が取れないようになって寂しい。君は僕の人生にとって最も大切な人であるということ。新しい数学教師はつまらない人物だけど、君に喜んで貰えるようなノート作りに取り組んでいることなどを書いた。  僕は随分と時間をかけてそのメールを書いて、覚悟を決めて送信ボタンを押したのであるが、それは程なくして僕の手元に返ってきた。  すぐに本格的な冬が訪れ、僕は独りぼっちになった。最も光に満たされるはずのクリスマスは、最も陰鬱な闇に包まれた。  年が明けて、僕達の学校でまことしやかに囁かれたことは、急に休むようになった中年の数学教師が、長期間に渡って生徒と不適切な関係にあったという噂だった。  僕はその後、何人かの女の子と付き合ったが、あれほど印象に残る子はひとりもいない。
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