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1 始まりは不幸な事故 ①
僕は一ヶ月程前、事故に遭った。
と言っても交通事故だとかそういったものではなく、この世界特有の事故だ。
*****
この世界には男女の他にα、β、Ωという二次性がそれぞれにあり、六つの性が存在した。
αはすべてにおいて優秀なリーダー的な存在で、その証拠に世界を見渡してみても重要な役割を担うのは決まってαだった。
反対にΩはすべてにおいてどの性よりも劣り、男であっても妊娠できる特異な存在でもあった。
βは人口も一番多く一般人、平凡普通、可もなく不可もなくといった存在だ。ついこないだまで僕もその中のひとりだと思っていた。
加えてαとΩは『対』とも言える存在で、まるで磁石のように惹かれ合う。
勿論恋愛は自由で、人の数だけその恋愛の形は存在するから必ずしもαとΩが惹かれ合うわけではない。だけど圧倒的にそうなる事が多いのも事実だった。
愛するΩに対するαの執着はすさまじいと聞く、自分の命をかけて愛するΩを守るのだ。だからΩは生きづらいこの世界でも生きてこられたのかもしれない。
愛する人の為なら笑って逝けるというのはどういう心境なんだろう?
αとΩには両者間でしか成立しない『番』という契約のようなものがあり、αがΩを愛し守る為の手段? 結果? ロマンティックな言い方をすると魂を繋げるような甘やかな喜び? 唯一無二、そんな繋がりだ。言葉をいくら並べてみてもそこまでの繋がりはβだと思っていた僕には分からない感覚だった。
『番』に関する色々は流行りのドラマや映画等で度々扱われてきた題材で、その関係に憧れる者も少なくはないけど僕は、強者と弱者が惹かれ合う自然なシステムのような、よくできてるなぁと自分がΩだと分かってからも他人事のように思っていた。実際βであれば無関係な世界だ。どんなに憧れても当事者にはなれない。Ω成りたての僕に理解し受け入れろという方が無理な話ではないだろうか。
そうは言っても僕がΩだという事実は変わらないのだから自覚があろうがなかろうがもっときちんと考えなくてはいけなかった。『番関係』が必ずしも愛するが故の結果ではないという事も知っていたのだから。
それはΩの特性であるヒートの存在が大きく関係していて、Ωのヒート時のフェロモンはαに性的興奮をもたらし惑わせるのだ。そのせいでΩは性的な被害に遭いやすく、Ωを酷く生きづらくしている原因のひとつだった。
Ωは自衛手段として定期的、不定期に訪れる発情期に備えて抑制剤を飲み続け、項を守る為にネックガードを填める。それはΩにとって常識で、番のいないΩには必要不可欠な事だった。
そこまで対策をしていても悪意のあるαに出会ってしまえば蹂躙され傷つけられる事も少なくはない。αはΩを愛し守る存在であるが、それと同時にΩを蹂躙し傷つける存在でもあるのだ。
愛情もないまま『番』になってしまう事は悲劇でしかない、そんなのは子どもでも分かる事だった。αであれば一度番を持ってしまっても新しく、またはその上に更に別に番を持つ事ができるけどΩは普通は一度きりなのだ。事故であったとしても一度番ってしまえばその後の人生が決まってしまう。
αのその後の対応次第で抜け道もあるようだけど、それは都市伝説なみの話だし本当か嘘かも分からない。もしもそれが真実であったとしてもそんなのは愛し合っていたら必要ないし、そうじゃないならそんな手間をかけたり配慮してくれたりするはずもなく、実行されないから知られていないのだ。勿論僕も知らない。
それを踏まえた上で考える。今回のようにΩがその対策を怠っていて突発的なヒートが起こった場合、その場に居合わせてしまったαが悪意なくΩを傷つけたとして果たしてそのαを責められるだろうか?
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