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② @聰
先日上司に相談した事でほぼ飲みの誘いはなくなり、今日はいつもより随分と早い帰宅だ。
暫くはこれが続く予定だが、上司には「新婚だもんな」なんて揶揄われて返答に困ってしまった。
確かに俺たちは新婚で、こんなに早く帰れて嬉しいはずが俺の心は曇天の空のように薄暗く重かった。
それはこないだ俺を出迎えてくれた駿くんから香った他のαの残り香に気づいたからだ。実はその香りはあの時ばかりではなく、いつも駿くんの傍にあった――。
その香りが俺の罪悪感を一層掻き立てた。
香りの主と以前どういう関係であったとしても今は駿くんの番は俺で、夫夫なのだから誰にも奪わせやしない、前の事なんて関係ない俺の番に近づくな!
そんな身勝手な事を考えてしまう自分に、父との血の繋がりを強く感じて自己嫌悪に陥ってしまう。
最近はそんな事の繰り返しで心が疲れてしまっていて、頭もよく働かない。
駿くんと一度きちんと腹を割って話をして、想いを伝えはっきりさせればいいと思うが俺にその資格はない。
――いや『愛してる』と言葉にして拒絶されるのが怖いのだ――。
「はぁ……」
こんな暗い顔は見せられない。玄関の前で立ち止まり、一度だけ大きく深呼吸をした。無理矢理口角を上げ玄関のドアを開けると、ふわりと楽し気な駿くんの優しいフェロモンが香った。
何かいい事でもあったかな? 今日は悲しんでいなくて良かったと心が温度を取り戻していき、自然と口元が緩む。
が、――リビングのドアを開けて――再び凍り付いてしまった。
ひと目で分かった。あのαだ。最初に駿くんに出会った時も、番になって夫夫になってからも香ってきたフェロモンの持ち主。
駿くんと同じ制服に身を包み、同じ年ごろのひと目でαだと分かる凛々しい少年。
こんなの――勝負にもならない……。
「あ、聰さんお帰りなさい」
駿くんのいつもより少しだけ弾む声。それは隣りにそいつがいるから?
ぺこりと頭を下げて挨拶するその少年の纏う空気が少しだけ尖った気がした。
愛するΩを奪われたから――――か。
心臓をぎゅっと握られたみたいに苦しくて痛くて。
なんとかいつものように「ただいま」とだけ言って、「今日は仕事を持ち帰ったから――」と逃げるように自室に籠った。
自分とは違ってふたりはとてもお似合いだった。
俺が横槍を入れなければ駿くんの番であったのも夫であったのもきっとあの少年だ。
俺がどんなに駿くんの事を愛していてもどんなに大切に想っていても、そんなのは何の意味もない。
少年の真っ黒の瞳が俺を睨みつけていた。
同じαである少年には俺の狡さがバレていて、責められているようだった。
事故とは言え項を噛んで番になったのだからと駿くんが色々と考えてしまう前に結果を示した。それが最善だと思わせた。親切でも優しいわけでもない、ただ駿くんが欲しかった。自分だけのものにしたかった――――ただの独占欲。
その日を境に俺は朝早く家を出て帰りは日を跨ぐようになり、駿くんとまともに顔を合わせる事はなくなった。
俺はどうしたらいいのだろうか――。
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