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②
自分がΩだと分かったのはつい最近の事で、人より大分遅い十八になってからだった。それまでβだと思い生活してきたのにいきなりΩだと言われてもピンとこなかった。だから油断してしまったんだ。今日は疲れたから病院に行くのは明日でいいや、ネックガードも来週でいいかな、と大事な事なのに先送りにしてしまった。
そんな僕にとっての日常、何の変哲もないある日の学校からの帰り道、僕は初めてのヒートを起こし知らない誰かに襲われて項を噛まれてしまった。
あっと思った瞬間僕はヒートの波に襲われ記憶は曖昧で果ては意識を失ってしまったからその行為の殆どを覚えてはいなかった。ただふわふわする何かに包まれ項に痛みが走って脳が痺れたような感覚が――――。
*****
目が覚めてすぐに僕が思ったのは「やっちゃったー!」という失敗したな、くらいの軽いものだった。我ながらこの緊張感のなさはさすがにどうかと思うけど、人はテンパり過ぎると案外そんなものなのかもしれない。
そしてひとり苦笑する僕を今にも死にそうな顔で見つめている人の存在に気づいた。
記憶にはないけれどその人を見た途端項がチリリと痛み、この人があの場に居合わせてしまったαなんだと確信した。
僕よりも大分年上だろう大人の男性。優し気な瞳が心配そうに揺れていた。
完全に巻き込まれただけなのに僕を責める事なく、謝罪と体調を心配する言葉ばかりを口にする。
ずっと握ってくれていたであろう手の温もりに、よく分からない柔らかな感情が滲み出て胸がとくんと鳴った。
この人が僕と番ってしまった人――。
僕が「迷惑をかけてごめんなさい」と口にすれば、αは自分が悪いのだと譲らない。そして沢山の謝罪の後、正式な番として籍も入れさせて欲しいと続けた。
確かにこのまま放りだされたり、番を解消されてしまえば僕は詰んだも同然だ。新たに他の誰かと番う事もできないし、番を解消されたならΩは段々弱っていき悪くすると命を落としてしまうと聞く。
番の解消によって受ける影響はΩにとって致命的なものだ。だけど、それがこの人に責任を押し付けていいという理由にはならない。
こうなってしまったそもそもの原因は僕で、責められるべきは僕の方なのだ。
それなのにこの人は僕が意識を失っている間も僕のスマホにきた母親からの連絡に対応してくれて、今回の件を謝り倒して今後の事についても色々と話をしてくれていたようだ。勝手にごめんねって謝られたけど、本来なら僕がしなくちゃいけなかった事だから問題ないですって答えた。
僕が起きられるようになったら早速僕を伴って両親に挨拶に行き、両親のこの人に対する態度でどんなに誠実に謝罪し僕との未来を誓ってくれたのかを知った。
僕は未だ自分の身に起こった事に理解が追いつかずぼんやりとしてしまっていたけど、その帰りには番届けと婚姻届けも出して、気が付くと僕は公的にもこの人の『番』で『妻』になってしまっていた。展開があまりにも早すぎだ。
それでも僕に否はないけど、本当にそれでこの人は良かったのかと心配にはなった。
そこまでしてくれたのに、その人は僕よりも十歳年上な事を申し訳なさそうにしていた。だけど僕の方こそ申し訳ないと思ってしまう、この人にはこんな僕みたいなΩなんかじゃなくてもっと素敵な大人のΩがお似合いだ。
申し訳なさそうに苦笑するのを見つめながらそんな事を考えていると、僕と目が合いふわりと笑われて少しだけ頬が熱を持った。何というか大人の余裕というか纏う優しい空気感だとか、とにかく今まで僕の周りにはいなかったタイプで――戸惑う。
幸いその人に今は決まった人も好意を寄せている相手もいないという話なのでその点はほっとした。
段々落ち着きを取り戻した頭で考える。
自分が悪かったとしても、普通あんな風に襲われ番にまでされたとすれば当然抱くはずの悪感情がこの人に対して全くなかった。胸に手を当てて考えてみても本当に少しもない、あるのはほんの少しの何かの感情と罪悪感のみ。だからこんな流されるみたいに大事な事が決まっても僕としても助かる提案であったし、黙ってそれを受け入れてしまったのかもしれない。
本当は僕が今後どんな不利益を被ろうともそれは全て自分の責任で、文句を言うのも違うし、この人の優しさを享受するべきではない事も分かっている。だけど僕は未だ学生の身で、Ωで、番の解消はΩにとっては致命的で――と沢山の自分勝手な言い訳をして、自分が悪いのだと言い張るこの人の優しさに今は甘えさせて貰う事にしたのだ。
そしていずれこの人に本当に愛する人ができたら僕はこの人の傍から離れる。僕という『枷』から解き放つんだ。
それまでに何とか独り立ちできるように頑張らなければいけない。優しいこの人が安心して僕を送り出せるように。
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