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2 日常 ①
あんな事になった今も僕にΩとしての自覚はない。先日の初めてのヒートだってよく分からないうちに終わっていて、いつの間にか番になっていたって感じだ。そもそもΩというものが実際はどういうものなのかも理解できていないと思う。
でも今は、たとえ自覚がないにしても知らない分からないとΩやそれに関わる大事な事を疎かにしてはいけないと分かっている。きちんと知って、これ以上あの優しい人に迷惑がかからないようにしなくては。それとは別に自分ひとりで生きていく為にもΩについて知る事は必要な事だと思った。
*****
僕の夫? 番? 名前は片山 聰さんだから……片山さん? 自分も籍に入って片山だし片山さんはおかしいか、じゃあ聰さん? は理解がある人で、あの事故の後聰さんが僕の体調を心配して二週間程休んだものの、こうして高校へは変わらず通わせて貰っている。中には自分のΩを囲い込んで誰の目にもつかないようにしてしまうαもいるらしいのに。
高校生活も残り一年を切っているので、特に苗字も変えず結婚した事も番になった事も周りには言っていない。そもそもΩである事も知られていないはずだ。以前はしつこく僕の二次性を知りたがった親友も丁度僕がΩだと分かる前くらいから訊いてこなくなっていて、僕の方からもΩになった事は伝えていない。
ある理由からどうしても言えなかったのだ。
それとは別に他の友だちにも僕がΩである事も番ってしまった事もできれば内緒にしておきたい。
事の経緯を説明して聰さんの事を誤解されたくはなかったのだ。
Ωである僕が悪いと言ってもここはいわば僕のホームグラウンドみたいな所だから、友人たちは僕に味方をして聰さんを悪く言うかもしれないのだ。そんなのは嫌だから、僕は上手に嘘がつけるほど器用でもないし、それなら追及されないように隠す事を選択した。
図書室でΩについて書かれた本を探しながらそんな事を考えていた。
Ωについて書かれた本は割と沢山あって、その中でも分かりやすく僕でも理解できそうな物を数冊抱え、片っ端から読んでいった。
しばらくして読んでいた本に影が差し、顔を上げるとそこには見知った顔があった。
「――『Ωについて』『Ωとは』……ってΩについて調べてるのか?」
積み上げていた本を一冊いっさつ手に取りながら小山 雄二が言った。この小山が先ほどから出てくる僕の『親友』だ。
小山は明るくて真面目で、僕に対して少しだけ過保護なところがある。
だから尚の事言えないのだ。全面的に僕の味方をして聰さんの所に殴り込みにでも行きかねない。それだけは絶対にダメだ。
「あ、うん。勉強しなきゃって思ってさ」
「何で? あれ? お前ってΩ――だっけ……?」
なんてとぼけた訊き方をされ少し違和感を覚えた。つい最近まで僕のβという判定結果を知っているのだからもう少し違う反応じゃないの?
「あーうん。こないだの検査でΩだって」
そう思いながらも色々追及されたくなくてあえて簡単にそう答えた。
小山は「え」と小さく驚きの声を上げたけどどこか納得したような表情もしていて、それ以上何かを言ってくる事はなかった。そして僕の向かいの席に座り、積み上げていた中の一冊を読み始めた。
何で小山まで――あ、もしかして小山も……Ω?
「いや、違うから」
視線を上げる事なく本を読んだままではっきりと否定した。
まだ何も言ってないのに、もしかしてエスパー?
すると今度は「ふぅ……」と呆れたと言わんばかりに溜め息を吐かれ、またしても否定された。
言葉に出してないのに――解せぬ。
その時の僕は小山の本当の気持ちも、再び本に集中している僕の事を見つめる熱い視線にも気づく事はなかった。
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