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3 想い ①
聰さんとの生活で今まで僕が感じた事のない感情をいくつも自覚させられた。
聰さんは会社勤めをしているから仕事で帰りが遅くなる事も多いし、付き合いで飲んでくる事もある。毎回前もって分かっているものは早くから言ってくれるし、そうじゃない場合もメッセージアプリで知らせてくれた。
だから文句はない、と言うか連絡がなかったとしても文句なんかない。
僕はいずれはここを出て行くつもりなのだし、聰さんが心の底から好きになる相手を探す為にも付き合いは大事だ。いつどこに出会いが転がっているか分からないのだ。
僕に遠慮せずもっともっと――なんならお休みの日だって行ってくれていいのに、と思う。思うけど……胸がちくりと痛んだ。
胸が痛む理由――――、できれば一生気づきたくなんてなかった。
聰さんがいるのといないのとではこの部屋の温度が全然違う。
ううん、この部屋だけの話じゃなくて学校にいる時だって、友だちと笑いあってる時でさえふとした瞬間聰さんの事を思い出して心が温かくもなるし反対に寒くもなるんだ。
聰さんが傍にいない事をどうしようもなく寂しいと思ってしまう。
最近の僕の喜びも悲しみも、痛みも全部聰さんのせい――――。
少し前までは名前も知らない他人だったのに、今は番で夫で――――だけどいずれはお別れする人なんだ。だから寂しいなんて事思ってはいけないし、言ってもいけない。これ以上優しい聰さんの負担になってはいけないんだ。
番であればヒート時じゃなくてもセッ……するのが普通だと思うけど、聰さんはあれ以来僕に性的な接触はしてこない。結婚したと言っても婚姻届けと番届けを出しただけで結婚式を挙げたわけではない。だから誓いのキスもしていないわけで、僕には聰さんとのそういう事の記憶がない。
来ないなら自分から行かなきゃって、だってそれも夫夫の義務? だと思うから……。
誘い方? なんて知るはずもなく、きっかけになればと一度思い切って聰さんの背中でも流そうとお風呂に乱入しようとした事がある。でも慌てて断られて鍵までかけられちゃった……。
僕は改めて思ったんだ。聰さんは僕に対して責任を感じているだけで、僕の事を愛してるわけじゃないって。僕の事なんて発情フェロモンで惑わされてなきゃ性的な対象にもならないんだって。
だから聰さんに向ける僕のこの気持ちは絶対に言葉にしてはいけないって。優しい聰さんを困らせちゃう。
そりゃあそうだよね。僕と番ったのはあくまでも事故で愛情を求める方がおかしいし、そもそも出て行く予定があるんだからふたりの関係に変化を求めてはいけないのだ。
聰さんが帰って来たら、新しい出会いの機会が増えるようにもっと付き合いに参加するように言おう、僕はひとりでも平気だって――。
自覚した自分の中に芽吹いた気持ちを、言葉にする事は諦めたけどそっと両手で包み込み、誰かに摘まれてしまわないように隠した。
聰さん、胸が痛いよ……。
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