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②
「俺は――――α、なんだ……」
暫くの後、俯き小さく呟やかれた小山の言葉に驚いた。
小山がα? だってそんな事今までひと言も……あ、僕だってあの時図書室で小山に会ってなきゃ自分がΩだなんて言わなかったはずだ。小山がβだって偽っていたのも何か理由があるのだろうし、もしかしたら僕と同じでαだと言えば友だちでいられないとでも思った?
「――っくしょぅっ……」
突然苦しそうに小さくそう叫ぶと教室の壁をドゴりと殴りつけた。
僕と小山は中学入学以来の付き合いだけど、今まで一度だってこんな風に感情を爆発させた事なんてなかった。小山は最初から明るくて優しくて世話好きで僕の一番の友だち――。
僕へこの暴力が向かう事はないと思うけど、よく知っているはずの友だちの激しい感情に驚き、オロオロとしてしまう。
「…………」
すぐに小山は自分でもやってしまったと思ったのか苦笑し、自分を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返した。そして静かに問う。
「駿の判定結果はずっとβだっただろ……?」
僕はこくりと頷いた。本当にこないだまでは判定結果はβだった。これは間違いない。何故突然Ωになってしまったのか分からないけど、番ったのだからもう変異する事はない。
「――何でΩになったって俺に言わなかった?」
「それ、は――小山が僕の二次性をずっと気にしてたのは分かってたけど、あの時は訊かれなかったし――βだった僕は小山の友だちで親友で、でもΩになったって言ったら――友だちでいられなくなるって思って……。黙ってて……ごめん……」
僕は小山の事を友だちとして好きだったし、大事だった。
Ωだと告げたら高校在籍中はいいかもだけど、βとΩとでは住む世界が違うから卒業後関係が切れてしまうのが怖かった。だから失いたくないって本当の事が言えなかった。――だけどそれは間違ってたんだと思う。小山のこの傷ついた顔を見れば分かる。
親友だと言うならΩだと伝えた上で、ずっと友だちでいたいって言えば良かったんだ。聰さんの事だって正直に言って、分かって貰えるまで言葉を尽くせばよかった。いつだって小山は僕の話を聞いてくれたんだから。
そんな風だから僕は知らないうちに小山に自分がαだと言わせない空気を作っていたのかもしれない。
αとΩでは友人関係を保つ事はもしかしたらβとΩやαより難しいのかもだけど、でもふたりが同じ想いだったらきっと大丈夫なはずなのに。
そんな事を考えていたら、ふいに小山にぎゅっと抱きしめられた。
僕は背筋を這うようなゾワゾワとする気持ち悪さを無視して、今度はされるがままにした。
酷い事はしないと僕は小山を信じているし、また小山を突き飛ばしてしまえば今度こそ僕たちは終わると思ったからだ。
すると小山は小さく溜め息を吐くとすぐに僕をその腕の中から解放した。
そしてぽそりと何かを呟き、
「――実は俺も、自分がαなんて言ったら駿とは友だちでいられなくなるって思ってさ、だから俺もごめん」
ああ、やっぱりかと思った。
「――ううん。僕も同じだから、そう思ってくれて嬉しいよ」
そう言って微笑むと小山は苦笑して、
「同じ、――ね」
そう言って小さくため息を吐くと、全てを吹っ切ったみたいに今度こそいつもみたいにニカりと笑った。
「駿の幸せを願ってるよ。勿論大の親友として」
「うん。僕も小山の幸せを……願っ、ねがっ……て……る」
何故か僕は小山の笑顔を見て胸が苦しくなった。
悲しい事なんかひとつもないはずなのに涙が零れて止まらなくて――。
この涙は何の涙――?
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