メタセコイアを抜けて

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スーツの代わりに借りた黒いシャツと綿の八分丈のズボンが少し窮屈で、座ると膝の裏の生地が突っ張る。 破いては大変だ。むやみに姿勢を変えない方が賢明かもしれない。   僕が風呂に入っている間に準備してくれていたらしい料理が、次々と目の前のテーブルに並べられていく。   おろし生姜が乗った茄子の揚げ浸し、シンプルに塩を振っただけの冷やしトマト。 鶏の天ぷらとキュウリの浅漬け、豆腐とネギの味噌汁に、炊き立てごはんも運ばれてきた。  彩り豊かな料理に美味しそうな匂い。 僕の頭のなかは、目の前に並ぶ美味しそうな料理への欲求であっという間に埋め尽くされた。 「ご飯もまだ沢山ありますから、お代わりもしてくださいね」   すみません、すみません、と何度も頭を下げ、手を揃える。 小さな声で、ありがとうございます、も添えて。   奈緒さんは僕が料理に手を付けたのを見届けて、外へと出て行った。 裏に畑があるらしい。 用意してくれた料理の食材も、彼女が育てている野菜が使われているのだそうだ。   奈緒さんの料理はどれも美味しい。美味しくて、あたたかい。 誰かの手料理を食べたのなんていつぶりだろう。 そういえば学生の頃は、よく休みのたびに父さんのチャーハンを食べていたっけ。 少し醤油辛くて、焦げた父さんのチャーハン。 美味いだろ、ちょっと焦げたのだって失敗じゃないんだぞ、と誇らしげに笑う父さんは、生まれてすぐに母さんを亡くした僕を男手ひとつで育ててくれた。
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