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「あのうさぎは私のお友達ですから。ミミちゃんって呼んであげてください」
「ミミちゃん、ですか」と、僕が呟くと、奈緒さんは満足気に「はい」と口角を上げる。
「私の事、森でひとりで暮らす寂しい女だとか思いました?ふふっ、そんなこと無いんですよ。私は意外とお友達が多いですから」
まつげの長いたれ目を、更に垂れさせてくしゃっと笑った。
良く笑う人だ。穏やかで、和やかで。それでいて、喋り口は丁寧ながらも、どこか無邪気さが漂う。
大人びていて、同時に子供らしさも持ち合わせているような。
「アキラさんの鞄、とりあえず汚れは払って拭いてみました。随分と使い込んでいるものみたいですね。あまり綺麗に出来なくてごめんなさい」
ぺたんこの仕事用鞄は、奈緒さんのお陰でゴミひとつ付いていないが、崖を滑り落ちる際に出来た擦り傷が付き、乾いた泥が白く染みになっていた。
「いえ、そんな。元からボロボロでしたし。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
僕にはもう、この鞄もスーツも必要無いのだ。
会社には戻らないつもりでこの森に来たのだから。
平日の昼間に森をふらつく男を見て、この人は何も思わないのだろうか。
同情してくれているだけかもしれないが、傷だらけ泥だらけの、おどおどした男を見て、よくこんな風に家に招いて料理まで振舞えるものだ。
目も合わせずに通報されたっておかしくない。
警戒心を全く感じない奈緒さんは「そうだ、ちょっと畑を見ませんか?」と席を立つ。
生成りの腰巻きエプロンを椅子の背に掛けると、我慢できない子供みたいに、僕の腕を引いて外に出た。
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