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メタセコイアを抜けて
だらりと顔を覆う長い黒髪が迫り、腰を抜かす僕の膝にぱさついた毛先が触れる。
腰まである長い髪の女はぴたりと動きを止めた。
今度は、ざあっと吹き抜けた森の風にも、髪の毛一本微動だにしない。
「な、なんだよ」
絞り出した震える情けない声。
息が掛かりそうな程に近い女の、髪の隙間から見える表情は虚ろで、僅かに開いた目の奥から、身の毛がよだつような、感情の無い冷たい瞳が僕を見つめる。
女の白い唇が微かに動いたが、こんなに近いのに言葉が聞き取れない。
女は、地面についた僕の右手の下敷きになったロープに視線を落とした。
「それは――」
ようやく聞こえた女の低い声に、尻餅をついた態勢のまま大きく後退る。
濡れた枯れ葉に手が触れた瞬間、態勢が崩れる。
大きく身体が傾き、咄嗟に枝を掴もうと手を伸ばしたが、届かない。
「うわっ」
なす術も無いまま、僕の身体は一気に山の斜面を転がり落ちた。
岩や張り出した幹に身体を擦り、打ち付けながら、視界が空と地面をぐるぐると回転していく。
スーツが引き裂ける音がする。
地面から飛び出した岩の角が手の甲を切った。跳ねた泥が口に入って思い切りむせた。
「くそっ。痛ぇ……」
口に入った土を吐き出すが、噛みしめると砂利の嫌な食感が残る。
じわりと血がにじむ手の甲を、ハンカチで抑えた。
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