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夏の盛り。
うんざりするような快晴の空を覆う樹々が葉擦れの音を立て、緑を透かした陽光が、僕の頭に細かな光の粒となって降り注ぐ。
満員電車で押し潰されてぺたんこの鞄は、僕の傍で泥まみれになって転がっていた。
春のつくしみたいに群れを成すビジネス街からついに逃げ出した。ようやくだ。
行動に移すまで、どれほど悩んだ事か。思い出すだけで胃が痛む。
森の入り口であるメタセコイア並木を抜けてから三十分以上歩いた、薄暗い森。
どういうわけか、さっきからずっと誰かに見られているような不気味な視線を感じていた。
なんとなく気配を感じて辺りを見回すが、勿論人なんて見当たらない。
鳥や動物たちの視線に過剰に反応してしまっているだけだろうか。
森に入ってからは、辺りを警戒しながら滑落しないよう慎重に進んでいた。
三十分ほど歩いていると、ゆるやかにカーブした道の先が、ひと際明るく照らされていた。
街を見渡せる場所に出られるかも、と期待して歩いていると、さっきの女がいたのだ。
切り立った崖のような場所から景色をぼんやりと眺めている女がいる、と思うと、ふとこちらと目が合った。
女は風に乗るように目の前にやって来て、僕は驚きのあまり崖から落ちたというわけだ。
たったいま落ちた崖を見上げるが、もう女の姿は無い。
ほっと胸を撫で下ろし、周囲に視線を巡らせる。
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