50人が本棚に入れています
本棚に追加
さっきまで歩いていた登山道とは違い、獣道に近い。
足で土を払えば、苔むしてあちこちひび割れた人工の道が顔を出すけれど、草が鬱蒼と茂り、台風でばっきりと折れたらしい木もそのままだ。
随分と昔に使われていた山道というところか。
頭上をチーヨチーヨと小鳥が羽ばたいて、枝から枝へと飛び移る。
ふかふかの土を踏みしめると、昨夜降っていた雨がじわりと染み出し、泥水が革靴を汚した。
だが、そんなのも今更どうでもいい。
元々踵も削れて、くたくたの靴。さっき崖から落ちて擦り傷だらけだ。
そこらの幼稚園児の方が綺麗な靴を履いているだろう。
道しるべも無い、荒れた山道を道なりに進んで行く。
美しい清流の音。さえずり、虫の声に、葉擦れの音。
これほどにヒーリング効果がありそうな空間にいながらも、僕の心はやはり澱んでいて、さっきの不気味な女が肩に乗っているかのように、猫背で歩を進めている。
登山客がいないのが救いだ。寝不足で顔色も悪く、こけた頬でみすぼらしさが増していた。
泥にまみれ、スーツは破れ、生気の欠片も感じられないだろう僕の姿は、恐らく幽霊にでも間違われてしまう。
実際に、夜道では向かいから歩いてきた女性に悲鳴を上げられるし、電車で座っていても隣には怖そうな男性くらいしか座ってくれない。
心に余裕が無いから、人相も悪いのだろう。
仕事以外でも、生きているだけで人を不快にさせるのが僕という人間だ。
勿論、友人と言える人もいないし、職場の後輩にもあっという間に成績を抜かれ、陰で笑われる始末だ。
この鬱蒼とした草木に覆われた道の先に何があるのか知る由もない。
クマが出るかもしれないし、何処かで足を滑らせて川底へでも落ちるかも。
ロープをだらんと地面に垂らす。
これはお守りだった。いつでも僕はこれで逃げられるんだ。
人生を終わらせることが出来る。
いつも鞄の奥底に突っ込んで出勤するのだ。
そして今日、僕はこれを使う。
最初のコメントを投稿しよう!