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次第に険しくなってきた坂道を上り、地面の上に浮き出した太い木の根に足を取られて盛大に転んだ。
スーツもワイシャツもぼろ布だ。枯れ葉と泥水にまみれて冷たい。
「あーあ」
弱弱しい声が、傍の木にいる生き生きとした蝉の声にかき消される。
石に打ち付けた膝が痛い。
最後に街を見下ろせる所に出たい。
高い所から僕が苦しんだ世界を見下ろして、大空を見上げて。
その後、僕はこの人生を終わらせよう。
そう思ってあの崖を目指していた。結局、あの女のせいで叶わなかったのだが。
ロープを鞄に突っ込み、膝を始めとした全身のひりひりズキズキする痛みに耐え、ぬかるんだ川のほとりを進む。
「女の子?」
淡いピンクの着物姿の女の子が見えた。
おかっぱの頭を二つに結んで、着物の裾をたくし上げ、川を覗き込んでは小さな手で水をすくっているのは小学校低学年くらいの少女だ。
「ね、ねぇ。こんなところで何して――」
突然、自転車にでも激突されたかと思うほどの衝撃を膝裏に受けて、数メートル吹き飛ばされた。
反動で大きく後ろに逸れた腰を痛めるところだ。
低く唸るような荒い鼻息。金色の瞳のイノシシだ。
それも大人の。この筋肉質の大物のイノシシから見れば、僕なんてモヤシだ。
これから僕の息の根でも止めようとしているかのような気迫で距離を詰める。
まずい。どうしよう。
イノシシって人間も食うのか?僕の最期はこのイノシシに食べられて終わるのか?
嫌だ。それは、流石に嫌だ。
痛みに耐え、仰向けのまま、肘を付いてじりじりと後ろに下がる。
骨は折れていないのが幸いだ。
イノシシは、鋭利な蹄を土にめり込ませながら、一歩、また一歩と近付く。
そんな僕たちの間に、今度はサッカーボール大の丸い毛玉が転がり込んできた。
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