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「う、うさぎ?」
灰色のうさぎは僕とイノシシの間に立ちふさがり、小さな四つ足で踏ん張ってイノシシを見上げる。
つぶらな瞳で、どう見たって勇ましさの欠片も無い。
猛々しいイノシシと、愛らしいうさぎの睨み合い。
すると、うさぎの耳がぴん、と森の奥の音を聞くように立ち上がる。
それとほぼ同時にイノシシもそちらに視線を向け、くるりと方向転換したのだ。
もう興味も削がれたのか、イノシシは急ぎ足で森の奥へと駆けて行く。
こんなところに野生のうさぎがいるのか。
うさぎはぱちくりと丸い目を向け、耳を立てたままこちらの様子を伺っている。
「助けてくれて……ありがとう」
僕の声にもう一度耳が反応する。
立てていた耳をぺたりと顔の横に垂れる。
背を向けたうさぎは、丸いお尻をひょこつかせながら、川沿いに上流へと向かった。
かと思うと、こちらを振り返り、じっと僕を見つめている。
着いてこいとでも言うのだろうか。
「まさか、な」
そんなファンタジーな話がこの世にあるものか。
そう思ったが、こんな山奥に逃げた僕には、急ぎの用事があるわけでも無い。
さっきの見晴らしがよさそうな所に行きたかったが、崖を落ち、怪我をし、危うくイノシシの餌にまでなるところだったのだ。
森に入ってから感じる視線の正体もわからず、加えて戻る道もわからない今は、とりあえずうさぎの後を着いて行くしか選択肢は無いだろう。
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